短編2
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遊女を傷付けたのはサンジでは無かった、実の兄弟達と同じように女に手を上げ、サンジ自身の思想やジジイと慕った父親を裏切ったわけでは無かった。だが、戦いが終わってからもサンジは自身の恋人である彼女に触れられていない。
「サンジの手は魔法の手ね」
「(……君が魔法の手だと言った手が君を傷付ける手だったら?)」
自身の手が血に濡れている感覚がすると言ったら彼女は笑うだろうか。海賊の分際で、と言われればそれまでだが彼女の前ではただのサンジでいたいのだ。きな臭い実家も人間離れした力も必要ない、サンジは自身の両手を見つめながら深い溜息を吐く。
「幸せが逃げるわよ」
「ひゃっ」
サンジの頬に冷たい瓶が当てられた、口から出た情けない悲鳴を飲み込みながらサンジは驚いた表情で彼女を見上げる。
「なぁに、その顔」
「いや、急だったから驚いちまっただけだよ」
憂いを振り切るようにサンジは首を左右に振り、彼女から酒の瓶を受け取る。沈んでいる時は素面でいるより酒に逃げた方がきっと楽だ、良くないと分かっていながらもサンジは瓶の蓋を開けて一気に中身を呷る。
「本当に珍しいわね」
「何が?」
「あなたが大人しく飲むなんて」
「……今日は給仕する気分じゃねェの」
彼女からしてみたら何もかも珍しい、あまり得意じゃない強い酒を一気している事もそうだが、その美しい碧眼を曇らせて自身から瞳を逸らすのだ。カイドウを倒したというのに未だに敵を前にしたような顔をして自身の骨張った手を時々睨みつけるサンジ。サンジの敵は誰だ、と問いただしたい程に酷い顔をしている。
白肌を数分で赤くしたサンジは彼女に手を伸ばした。だが、その手は彼女の肌に触れる手前で宙を掴んで引っ込んだ。
「私、今回結構頑張ったのよ」
「あァ、酷い怪我が無くて何よりだ」
君はおれと違ってまともな人間だから、とサンジの口は無意識に本音をこぼす。まともな人間とはどういう事だろうか、と彼女は頭にはてなを飛ばすがサンジの口はそれっきり何も語らない。
「サンジはまともじゃないの?」
「君から見えるおれはまともかい?」
「レディに対しては異常かもね」
「……その、レディの顔におれが傷を付けたらどう思う?」
「あなたの本心は違うでしょ」
なんて事のないような口調で彼女は震えたサンジの手を握る。冷たい手ね、と顔を顰めて指を絡める彼女は急にくすくすと笑い始めてこう口にした。
「心が温かいのかしら?」
「……君は、」
「あなたの温かさを知っているわ、だって大事にしてもらってるもの」
絡めた手に口付けて、彼女はふんわりと笑みを浮かべる。
「はは、君って最高だ」
「何もしてないわよ?」
今はまだ気付かないでいい、とサンジは思う。いつか、もし、正気を失って君を傷付けるクソ野郎に成り果てたら君の手でおれを終わらせてくれねェかな、とサンジは愛しい彼女の手に頬を擦り寄せる。
「ばか」
「辛辣だね」
「殴って正気に戻してあげる」
「……許してくれる?」
サンジの頭には遊女達の罵声が響く、あそこだけ見たらサンジが悪者だ。遊女達は何も悪くない、サンジがあちら側だったら確実に自身を許していない。それでも彼女にだけは信じて欲しいと思ってしまうのだ、何かの間違いだと疑って欲しい。
「あなたは神じゃないもの」
間違いの一回や二回ぐらい許してあげる、そう言って彼女はサンジの本心を優しく包み込む。甘やかされてるな、と苦笑を浮かべながらサンジは久しぶりの彼女の温度に柔らかく目を細めるのだった。