短編
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付かず離れず、そんな言葉が当て嵌まる二人は消去法で互いの手を取った。消去法と思っているのはきっとサンジだけだ、彼女の選択肢は最初からサンジだけだった。他のクルーよりも特別で、ずっと好きだった。
二人の会話は長くは続かない、どっちかが、あぁ、うん、と短い相槌を打ったら会話終了だ。味気ない会話はいつも二人の関係を揺さぶって、彼女を不安にした。女性との会話は延長するのに自身との会話は早く切り上げたいのだろう、と。
「私に似合う花をちょうだい」
テーブルの上に飾ってある花瓶に視線を向けて、彼女は一つのお願いをした。突然そんな事を口にしたからか、サンジが普段よりも表情豊かな顔で彼女を見つめる。
「……おれから?」
花なんて柄かよ、と続いた言葉に彼女の胸がキュッと締め付けられる。
「……たった一度だけよ」
「分かった」
サンジは着けていたエプロンを外して彼女の横を通り過ぎる、サンジの感情の読めない横顔に自身の頼みごとを恥じる彼女。こんな馬鹿げた頼みごとにサンジは呆れて出て行ったのだろうか、そう後悔する彼女を置いてけぼりにしてサンジは停泊中の島に下りて行った。遠ざかる背中を見つめながら、彼女は関係の終わりを予感した。
だが、それは来なかった。ほらよ、と雑に渡される筈だった道端の花は姿形を変えて、青や白を基調にした美しい花束になって彼女の前に現れた。サンジのスーツだって先程の物とは違う、わざわざ着替える理由なんて彼女には想像も付かない。固まる彼女にサンジは戸惑ったような視線を向ける、その視線はどこか緊張の色を含んでいる。
「いらねェの?」
「い、いる!」
サンジの腕から花束をひったくり、もう私のものだとでも言いたげに花束を抱き締める彼女。花束越しに見えるサンジの表情が柔らかく穏やかなものに変化する。
「っ、くく、誰も取んねェって」
「ふふ、サンジの花束だもの。きっと取り合いよ」
島に下りている最中に何かあったのだろうか、こんなに穏やかな会話を続けるのは暫くぶりだ。きっと、バラティエにいた頃が最後だ。まだ、サンジの気持ちが手に取るように分かったあの頃に戻れるのだろうか、と彼女は不安と期待が混じったような顔で花束を抱き締める腕にぎゅっと力を入れた。
「……花束の理由を聞いても?」
「ベイビーズブレス」
「カスミソウじゃなくて?」
「いや、二つとも間違ってはいねェ」
照れ臭そうに後ろ髪を弄りながら、あー、と情けない声を上げて彼女に背を向けるサンジ。
「ベイビーだから」
サンジの口にするベイビーの意味が理解出来ずに彼女は戸惑いの表情をサンジに向ける。
「愛しい人ってことさ」
君が、そう言ってサンジは彼女の腰に手を回して自身の方に引き寄せた。急展開に置いてけぼりになりながらも彼女はサンジから目を逸らさない。
「……今更、どういう風の吹き回しよ」
「君だってそうだ」
花なんていくらでも貰った事があるだろうに、おれに強請るなんてワケが分からねェ、とサンジは言う。
「……今更、期待したんだよ」
どういう意味だ、と問い掛ける彼女の目をまっすぐに見つめてサンジは本音を吐露する。
「君は何とも思ってねェかもしれねェけど、こっちは本気で愛してんだよ。ずっと、ずーっとな」
悲しみだろうか、悔しさだろうか、サンジの声に滲んでいる後悔に彼女は何も言えずにただ立ち尽くす。
「心だけが貰えねェ」
いつの日か君の心が曇っちまったみてェに見えなくなっちまった、とサンジは口にする。
「まるで好きみたいじゃない……」
愛してると言われても信じ切れないのは時間のせいだ、お互いの関係に微妙なズレを感じたあの時に諦めてしまった関係を進めるのには随分と経ってしまった。
「好きみたいじゃねェ、好きなんだ」
唇に触れた熱を拒む事は出来ない、止まっていた時間をこの熱が解凍していくようだ。
薄く開いた瞼の隙間から見えたサンジのスーツは前に一度だけ彼女が褒めたものだった、些細な会話の一つだ。悪くないんじゃない、と褒め言葉とも取れないような言い方をした筈なのにサンジは覚えていた。
「不器用な人」
「君が?」
「どっちもかしら」
何十周と遠回りして、再度取った手は少しだけ汗ばんでいた。緊張して胃が痛ェ、と自己申告をしてきたサンジの顔を見ながら一言、彼女はこう言った。その、スーツ悪くないわね、と。