短編
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嫌だ、嫌だ、と幼子のように駄々をこねるサンジは私を後ろからギュッと抱き締めて一歩たりとも動こうとはしない。絶対に離さない、と副音声が聞こえてきそうなサンジの表情に私は困ったように笑うとお腹に回された長い腕をぺしぺしと叩く。
「サンジ、人が見てるよ」
「人の目なんてどうだっていいよ、今は君を引き止めるので大忙しなんだ」
おれはね、君と別れたくないんだよ、そう言ってサンジの碧眼からぽろりと涙が落ちる。ここは駅前で人通りも多く、最終の発車時間まであと少しという時間になっても未だに人が途切れる様子はない。そんな場所で成人済みの男が恋人である女に縋り付いて泣いていれば、あぁ、別れ話か、と野次馬のような視線を向けられるのも仕方ない事だ。
「サンジは大袈裟なのよ」
「おれには大問題ですけど!?何で君と離れなくちゃいけないんだい!?」
「逆方向に物件を借りた自分を恨むのね」
苦笑いをこぼしながら、私は項垂れるサンジの頭をよしよしと撫でながら電光掲示板に視線を向ける。先程まで野次馬精神で私達をチラチラと覗いていた人々は呆れたような視線をサンジに向ける。それだけの事でか、と言いたげな視線に気付きもせずにサンジは私にベッタリと張り付いたまま迷子の幼子のような顔をする。
「……本当におれを置いて帰っちまうのかい?」
「ただの終電なんだけど」
「クールな君も愛らしいが……もっと、サンジくんに優しくしてくれてもバチは当たらないよ?レディ」
「だって、サンジ毎回やるじゃない」
サンジは首を横に振ると、それを否定する。
「……二回に一回ぐれェだし」
君は毎回帰っちまうけど、と頬を膨らましてぷりぷりと拗ねるサンジの頬を両手で包み込み、ぷしゅっと空気を抜く。そして、私はサンジの耳元に顔を寄せるとサンジにしか聞こえないような音量でこう口にした。
「泊まっていって、ってサンジが言ってくれたら私だって帰らないわ」
「……へ」
サンジは私の体に巻き付けていた腕を素早く離して、熱を帯びた頬を隠すように顔を両手で覆う。私はそんなサンジに少しの意地悪をする、電光掲示板の真ん中に掛かっている時計の針に視線を向けながら、十、九、とカウントダウンを口にしながらサンジからの言葉を待つ。ま、待ってくれないかな、と慌てるサンジの静止を右から左に流して八、七、とカウントダウンを続ける。
「えっと、おれん家で酒でもどう……?」
「ふふ、おつまみは?買っていく?」
サンジが作ったやつが食べたいな、と甘えた声を出してサンジの腕に自身の腕を絡ませれば、勿論、おれが、と柔らかな声が返ってくる。
「デザートは?」
「ナマエちゃん飯食ったのにお腹大丈夫?」
絡んだ腕を自身の方に引き寄せて、デザートはサンジでしょ、と悪戯に笑えば、サンジが何かを我慢するように下唇を噛む。
「……本当、ずりィ」
「バイバイしたくなかったから浮かれてるのよ、私も」
お酒なんて入っていないのにふわふわ浮かれる私の脳味噌と酔ってもいないのに真っ赤なサンジの顔。不自然な二人を乗せる電車が今、二人の目の前に停車した。