短編
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母親みたいだ、それもうんと過保護でうざめの母親。自身がネタでプレゼントしたピンクのフリフリエプロンを着こなしたサンジは今日も鬱陶しい過保護を発揮する。私が幾つに見えてるの、と溜息を吐いた私の様子が目に入っていないのかサンジは何度も何度も私にお小言のような事を口にする。
「……うるさ」
耳を押さえ、顔を顰める。背後のサンジにはきっと聞こえないだろう、と私は絶対に言ってはいけない一言を口にした。サンジがいなくても大丈夫だから、と。
忙しかった事を抜きにしても、その日の機嫌は最悪だった。サンジの心配からくる言葉すら苛つきの対象だった私は傷付けるような一言を口にしてしまった。
「いなくても大丈夫って何」
サンジの顔を見ずに、そのままの意味、と素っ気なく返せば、普段のサンジからは想像出来ない程、静かな動作で寝室に篭ってしまった。訪れた静寂に私は後悔する所かどこか清々していた、やっと静かになった、と。そのうち、泣くか喚くかして謝ってくるのが目に見えていた私はつかの間の平穏とすら思っていたのだ。
だけど、サンジはそうはしなかった。自身のスーツ数着と身の回りの物を持って二人の家からいなくなったのだ。自室にいた私に黙って行く勇気は無かったのだろう、扉越しに聞こえた声はいつも通りのサンジだった。買い物に行ってくるね、そう言ってサンジは二人でステッカーで飾り付けしたキャリーケースを持って何処かに消えた。それが、ただの買い物じゃなかったと気付いたのはそれから数時間後だった。部屋のあちこちに隙間があるのだ、此処でサンジが生きていたという証明だけが無くなった部屋で私は呆然としていた。
「……買い物なんて嘘じゃん」
しばらく経って、ようやく動いたのは頭ではなく体だった。ズルズルと壁に沿わせてゆっくりと床に尻もちをついた。いなくても大丈夫、なんて嘘だ。いないだけで、こんなに動揺して手まで震えてくる始末だ。スマートフォンを手に取り、何度もメッセージを送ったがいつもなら秒でつく既読がつかない。
『既読早すぎて怖い』
『君から来るメッセージは早く見てェの』
全部、君からの愛だから、とサンジは言った。なら、今、垂れ流した愛は何で受け取らないの、と身勝手な気持ちが沸き上がってくる。
こういう時、サンジなら一目散に玄関から飛び出して虱潰しに私の行きそうな場所を回ってくれるのだろう。そんなサンジを真似て、履き潰したサンダルに足を突っ込んで私は玄関から飛び出した。
「……サンジだ」
玄関を開けたら、キャリーケースに腰を下ろすサンジがいた。上はジャケットすら着てなくて、シャツ一枚だ。
「冷やしちゃだめだよ、ナマエちゃん」
それはこっちの台詞だ、キャリーケースにコートの一枚ぐらい入れている筈なのに何でそんな薄着なんだと責めてしまいそうになる。
「……出てったんじゃないの」
「試してからでも出て行くのは遅くないかな、って」
サンジはそう言うとスラックスのポケットからスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを開く。そして、一番上にあった私の名前を見て微笑んだ。
「おれって結構、君に愛されてない?」
「既読つかなかった」
「君に迎えに来て欲しかった」
でも、夜道を歩かせるなんて事したくねェからここにいんの、とサンジは言った。
「……過保護」
サンジは私の頭を自身の方に引き寄せた、突然のサンジの行動に戸惑っていれば頭上から静かな声が落ちて来た。
「過保護だから鬱陶しい?」
そう、過保護で鬱陶しかった。都合の良い私の脳味噌はその感情を過去形にしてしまった。今はいない方が鬱陶しいのだ、自身の心のざわつきやサンジとの終わりを考えただけで流れる涙が鬱陶しくて嫌になる。
「泣かせてェわけじゃねェんだ。ただ、君の嫌がる事はしたくねェからさ、話聞きてェだけ」
サンジは私の顔を覗き込んで、情けなくポロポロこぼれる涙の雫を指で受け止める。その優しい両手に手を重ねて、私は自身の言葉でちゃんとサンジに向き合う。
「出て行くの嫌、寂しい」
「……いなくても平気なんじゃねェの?」
「いないと駄目だった」
私はサンジの荷物を奪うように背に隠した、これを渡してしまったらサンジは何処にでもいける。私という荷物を置いて、遠くに行く事だって出来るのだ。
「おれも君がいねェ所に興味はねェよ」
後ろに置いてあったキャリーケースを引き、サンジは玄関の扉を開ける。そして、二人の家に入ると私の方を向いて、一言こう口にした。
「おかえり、ナマエちゃん」
「……っ、ただいま」
「ナマエちゃんからも聞かせて?」
「おかえり、サンジ」
「ん、ただいま」
サンジはおかえりの一言で私を迎え入れた。革靴を脱ぐサンジの背に頭をぐりぐりと押し付けて、ごめんね、とやっと口に出来た私の頭をポンポンと撫でたサンジの優しさは母親の優しさではなく、恋人としての優しさだった。