短編
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方向音痴、彼女はゾロと違ってそれを自覚している。だから、一人で島を歩き回るような無謀な事もしない。今だって皆の手を煩わすような事をしている自身に苛立ちが募る。だが、海兵なんて呼ばれたらもっと皆に迷惑を掛けてしまうのも分かっているのだ。だから、バレないように裏路地に入り、突っ掛かってきたゴロツキを一人で内密に倒している。裏路地になんて入ったら自力で船へ戻れる確率はほぼ0と言ってもいい。
「……ハァ」
浮かない溜息の原因は床に這いつくばっているゴロツキではなく、船まで帰る方法だ。裏路地から素早く抜け出した彼女は海沿いの道を歩く、だが、彼女のとんでもない方向音痴はどんどん彼女と船の距離を離していく。もう少し、もう少し、と足を休める事なく進めていれば、磯の香りがしなくなった。
「海、どこ……」
ここの島は時間の流れが他とは違うとナミが言っていた、海に出てから不思議な現象には沢山出会って来たが不思議を味わう時にはいつも横にサンジがいた。そのせいか、先程から不思議な現象に見舞われているのに何の驚きも無いどころか膝を抱えて泣いてしまいそうだ。歩っても、歩っても船どころか人っ子一人いない。頭上では昼間とは思えない夜空が広がって、星が光っている。ここの島は満天の星を売りにした観光地だという、彼女は地面に座り込むと手を空に伸ばす。
「この星を持っていけたらいいのに」
「ナマエちゃんは星がお望みかい?」
座り込む彼女を見下ろすように立っているサンジ、見上げるような体勢をしている彼女の額に小さな瓶をコツンと当てる。
「金平糖?」
「星屑みてェだから星の代わりにあげる」
サンジはそう言うと自身が着ていたジャケットを脱いで彼女の肩に掛ける。
「……探しに来てくれてありがとう、ジャケットも」
「んーん、気にしねェで」
おれはナマエちゃんと星を見に来ただけ、そう言ってサンジは煙草に火を付けて、頭上に広がる夜空に視線を向けた。
照らす太陽になれないなら、せめて方向を知らせる星になりたい、と言ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。人には人の役目があって、サンジ自身はきっと太陽にはなれない。太陽のように人目を引くのも人を引っ張っていけるのも、きっと、ルフィのような人間だけだ、短くも長くもない人生の中でサンジは自身の役割をしっかりと理解した。はぁ、と吐き出した息は白く、冷たい夜空に溶けていく。それをぼんやりと見つめながら、自身にもたれ掛かってくる彼女の肩を優しく抱いた。そっと、横の彼女に視線を移せば、彼女の視線は名前も分からない無数の星達に向けられている。きらきらと光が反射する二つの瞳は、春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の空があるように喜怒哀楽を伝えてくれる彼女だけの二つの空が自身を見つめると、わけも分からず泣きたくなる。
視線に気付いた彼女がサンジを見上げる、必然的に絡まった視線を態々逸らす気にもなれず、サンジはその泣きたくなる空を見つめる。戸惑いや申し訳無さが浮かんだ水晶を揺らしながら、彼女は優しく微笑むとサンジの肩に頭を擦り寄せた。こういう時に彼女は多くを語らない、最初はそれがもどかしくてお節介なサンジはグイグイと距離を詰めてしまっていた。今はもうこれでいいと思っている、こうやって寄り添って、見えないテリトリーに自身を置いてくれている事。それはきっと彼女には大きな事で、サンジにとっても大いなる進歩だ。
「サンジ、ぼんやりしてるね。寒い?」
「星になる方法」
考えてた、そう口にするサンジに彼女は、相変わらずロマンチックな脳味噌してるね、と茶化したように笑う。
「海賊からロマンを取ったら終わりだよ、レディ」
「……でもね、」
誰かにとっての星にはきっとなれると思うよ、と彼女はサンジの耳元に顔を近付けて内緒話をするように口にした。
「サンジがいるから迷子になっても帰れるの」
サンジはきっと星にもなれない、それは物理的なものだ。だが、彼女にとったら迷子の自身を迎えに来て、君の帰る場所はここだよ、と夜風に金色を揺らすサンジは間違いなく星なのだ。
「○○ちゃん」
言葉が白い空気に消えてしまわぬうちに、鼓膜に直接届くように耳元に顔を近付けて、サンジは自身の一等星の名を口にした。
点と点が繋がり、いつも、ここに帰って来れるように、そう願いを込めて。