短編
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サンジくんってさ、存在してるよね、と彼女は口にした。乱れた皺くちゃなベッドの上で数十分まで抱き合っていた筈なのに彼女は忘れてしまったのだろうか。サンジは存在をアピールするように彼女の腰に回した腕にぎゅっと力を入れた。
「君のサンジくんはここにいるけど?」
気だるげな顔をした彼女が、だよねぇ、と他人事のような返事を返した。質問をしたのは彼女なのに大して興味が無さそうな所がおかしくてサンジはくすくすと肩を揺らした。
「サンジくんって私の妄想の産物らしいよ」
「へェ、妄想彼氏?」
愉快そうにサンジはそう言うと彼女の額に張り付いた前髪を指で退ける。
「サンジくんの話をしたらそんな人、普通いないって言われたの。妄想か、って」
「普通が分かんねェからなァ」
「友達の間でサンジくんほぼ都市伝説レベル」
「っ、くく、そんな事になってんのか」
胸に擦り寄ってきた彼女の旋毛にキスを落として、揃いのシャンプーの香りに鼻を埋めるサンジ。自身が何故そんな都市伝説なんて大それた扱いをされているか見当もつかないサンジは彼女の話に耳を傾けながら頷く事しか出来ない。
「私がね、惚気ちゃうからサンジくん有名になっちゃったの」
「うん」
「作ってくれたお弁当見せたり、かっこいいのに私なんかと付き合って四六時中かわいいって言葉を尽してくれるとか色々と話してたら本当に存在してるのかって言うのよ。酷いでしょう?」
むくれた彼女の顔に手を伸ばしたサンジは、酷いのは君の方だ、と少し怒ったような顔をする。先程までの蕩けた表情から一変して機嫌を損ねたサンジの表情に彼女は首を傾げる。
「私なんかって何だい?」
「え、そこ?」
「君でもナマエちゃんの悪口は許さねェよ。頼むからさ、ナマエちゃん自身が自分を虐めねェで?君は立派で愛らしくて、愛嬌だって抜群で華のようなレディなのに卑下するなんて勿体無ェ」
彼女はぽかんと口を開けたままサンジの顔を凝視する、自身の為だけに告げられる愛の言葉はいつだって作り上げた妄想のように甘い。毎日、持たされる弁当だって明らかに手間がふんだんに掛けられている。女子大生ってどんなお弁当が好きなのかな、と気まずげに聞いてきた時は彼女の胸がキュンと高鳴ったのを覚えている。日々、サンジの愛を当たり前に受け取れる環境にいた彼女はサンジの出来過ぎた彼氏っぷりを忘れていた。
「……これじゃ、存在を疑われるよね」
「ナマエちゃん、ちゃんとおれのお話聞いてますか?」
両頬をサンジの手に挟まれて、グッと顔を近付けられる。
「ひゃい」
「なら、許す」
目尻の皺を深めて、柔らかな笑みを浮かべるサンジ。今まで友人にサンジの写真を見せた事は無い、スマートフォンのフォルダには山程入っているのに彼女はサンジの存在を見せびらかした事はない。敵を増やしたくないのが第一だが自身よりも随分と大人で良識のあるサンジとの関係を邪な目で見て欲しくなかったからだ。金髪、女好き、年齢の割にチャラチャラした見た目、中身を知らなければ胡散臭い大人に騙されているように見えるだろう。こんなに大事にされているのに何も知らない相手にゴチャゴチャと口出しされるのだけは勘弁だ。
「ねぇ、サンジくん、サンジくん」
「ん?」
「今度、大学にお迎え来て欲しいの」
彼女のお願いにサンジは固まった、へ、エッ、待って、と余裕を放り投げた顔で次々に要領を得ない言葉を発していくサンジ。
「ふふ、そんなに驚くこと?」
「……だって、おれ、若くねェからさ、こんなおっさん来たら嫌かなァってずっとお迎えは遠慮してたんだよ」
「サンジくんはおっさんじゃない」
「君のプリンスでいたいから自分磨きしてんの」
金髪はまさかの地毛、女好きはレディを崇拝してるだけであっちこっちに手を出したりはしていない。逆にそんな男を見たら一目散にオロしてしまうような男だ。年齢の割にチャラチャラした見た目なのは本人が元々持つ華やかさと努力の証だ。
「みんなに妄想じゃないサンジくんって紹介していい?」
「そこは彼氏のサンジくんって紹介して欲しいなァ♡」
「自慢の彼氏って言うね」
彼女の言葉を聞いた途端に目をウルウルさせて、ナマエちゅわーーん、と全身で愛を表現するサンジ。
「おれ、もっと君に見合うように頑張るからね」
日程すら決めていないのにサンジはそう言って彼女をぎゅっと抱き締めた。
「サンジくんが頑張ったら女の子達も頑張っちゃうから駄目だよ」
「えー、おれ若い子からモテちゃうかなァ?」
でも、君にモテてる今が最高に幸せだからなァ、とサンジは幸せな溜息をつく。その顔は誰から見ても幸せそうで彼女も満更でもない様子でサンジを見上げる。この幸せが長く続けばいいと思う、来年、再来年、お互いの年の差を乗り越えた時に笑っていられればいいと彼女は脳内で幸せな未来予想図を思い描く、次のお迎えは幸せへの第一歩だ。