短編
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「……次はどんな出会い方をしたいか、ねェ」
サンジは煙草をふかしながら、彼女との最後を思い出す。こちらの世界にトリップして来た可愛い恋人は二つある選択肢から海賊なんて野蛮なものが存在しない元の世界を選択した。サンジはその答えを否定する気はない、ただ、自身の胸にぽっかり空いた穴から冷たい風が入ってくるのだ。ルフィにそれを言ったら、やけに大人びた表情でそれを「寂しさ」と呼んだ。
「次は同じ場所で息をしたいね、ナマエちゃん」
短くなった煙草を灰皿に入れて、サンジは頭上の月を見つめた。彼女の世界にも月は存在しているのだろうか、この先の空は何処に繋がっているのか。
「月が綺麗だね」
寝静まった船内でひとり静かに愛を口にしても意味なんてないのに、先の空に、彼女に届けばいいと思った。
月の輝きはどちらの世界でも変わらないらしい、サンジがそれを知ったのは数日後だった。戦闘中に海に落ちて、藻掻いている間に彼女の元の世界とやらにドボンと落ちた。サンジを受け止めたのは深海ではなく、柔らかなアイボリー色のカーペットだった。叩き付けられるように床に打ち付けた頭が痛いが見知らぬ場所で騒ぎ立てるわけにもいかず、頭を擦りながらサンジは身体を起こした。
「お、ラッキー」
胸ポケットに入っていた煙草は海水に濡れたというのに湿気ってはいなかった。サンジは火がついた煙草を口に咥えながら、辺りをキョロキョロと見渡すがそこは知っているようで知らない場所だった。
『家具とかはアイボリーでまとめてたの』
『日当たりが良い部屋よ』
『サンジに貰ったネックレス大事にするわね』
この場所はあちこちから彼女の生きている音がする、以前に聞いていた特徴通りの部屋は彼女の日だまりのような優しさに似ていた。日当たりがいいね、本当だ、とレースのカーテンの隙間からこぼれる光にサンジは目を細める。
「次は同じ場所で生きてェって言ったから、こんな事になってんのか?」
地獄ってのは随分、甘ェんだな、とサンジが口にした途端、後ろから物音がした。サンジは引き付けられたように身体を後ろに向けて、気付いた時には開いた扉に一目散に駆け出していた。
「ナマエ、ナマエちゃん……!」
「ふふ、サンジ……っ、私のサンジだ」
彼女はそう言ってサンジのジャケットに顔を埋めて泣いた、ここに来るまで彼女の泣き顔なんて知らなかった。最後まで彼女は強い女性だった。戦闘が強いわけではない、ただ、その真っ直ぐ芯が通った所がいつだって強く、美しかった。君が泣くなんて知らなかった、とサンジが驚いた表情でその大粒の涙を拭う。
「帰って来てからも泣いたわ」
「……おれは泣けなかった」
「あら、泣いてくれないなんて酷い人」
茶化したような言い方で泣き笑いを繰り返す彼女をぎゅっと抱き締めてサンジはこう言った。
「おれが泣いたら君の選択を否定する事になるから」
それに空はここにもあるだろ、いつか、俺の願いがまた届く日がくるかもしれない、とサンジは口元を緩める。そんな夢物語を語るサンジに彼女はまた涙が出た、こちらに戻って来てから自身の選択を後悔してばかりだったからだ。何をしても優しいサンジの顔が浮かぶのだ、初めてのワンピースに袖を通した時、サンジの褒め言葉が聞こえなくて悲しくなった。自身で作った料理は何だか味がしなくて、サンジの料理が恋しくなった。階段を降りる時だってエスコートする手が無くて、手の代わりに手摺りを掴んだ。
「……煙草の匂いがしないの、この部屋」
あなたの香りがしない部屋にいるのは酷く冷たいの、胸に穴が空いたみたいに風が拭くのよ、と彼女はサンジのジャケットを握りながら肩を震わす。
「……おれも空いてるよ、ルフィに教わったんだ。その穴はきっと君がいなきゃ埋まらねェ、君のも同じだ」
サンジは彼女の肩に顔を埋めて震えた声で、君の穴におれはピッタリはまる筈だよ、と言った。選択を否定したくないと思っているのに馬鹿になってしまった涙腺は蛇口を捻って、ぼたぼたと涙を落とす。
「おれさ、ここに来る前、戦ってたんだ……だけど、ヘマして海に落ちて、多分、死んじゃいねェとは思うが、落ちたらここだったから今のあっちでのおれの状態は分からねェ」
「うん」
彼女はサンジの話を邪魔しないように相槌だけを打つ。
「最後のチャンスだと思うんだ」
君との本当の終わりはきっとここだ、あの時、おれは何も選択出来ずに君に全ての選択を押し付けた、とサンジは自身の後悔を話し出す。
『ねぇ、サンジはどうすればいいと思う?』
『これは君の選択だ』
『……そうね。なら、最後に質問』
『質問?』
『次はどんな出会い方をしたい?』
『次なんてねェよ、ナマエちゃん。おれは君に出会ったらまた君に恋しちまうからさ、恋なんてしねェ方がいいよ……恋がはじまったら、いつか終わりが来る』
これは最後の日にサンジが犯した罪だ、嘘に逃げて彼女が本当に望んでいたものに背を向けたのだ。彼女はただサンジに「ここで生きてくれ」と言われたかった、そしたら、ちゃんと「ここで生きていく気なの」と決まった決心を告げる筈だったのだ。なのに、サンジはお互いの恋を否定した。
波打つ碧眼から瞬きの度にぽろぽろと涙の粒が頬を濡らす、それを拭う事もせずにサンジは彼女を真っ直ぐに見つめる。
「君の質問に答えたいんだ」
「……ねぇ、サンジ。次はどんな出会い方をしたい?」
「次は同じ場所で君に恋に落ちたい」
「また、同じ場所に帰れるかしら?」
違くても、また、おれは海に飛び込むよ、とサンジは笑う。そんな危ない真似をするなと怒ればいいのか、そんな所が好きだと言えばいいのか彼女は分からない。
「サンジと同じ場所で息をしたい」
連れてって、サンジ、そう言って首に腕を回せば、もう二度と離さないとでも言うような力で抱き締め返される。
「愛してる」
静かな船内でひとり口にした愛は彼女の元に届いたのだった、繋がっているかも分からない空の下でやっと実を結んだ恋は確かにここで息をしている。