短編
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鼻歌交じりで開いた扉の先には大、中、小のゴム製のアヒルが水面を泳いでいる。期待していた光景にいらないオプションが付け加えられていてサンジは溜息と舌打ちを我慢出来なかった。広い浴槽に溜めた透明なお湯は表面に浮いた泡のせいで床が見えない。底なんて見えようが見えまいがサンジとしてはどうでもいい、サンジが物申したいのは彼女の白肌まで隠してしまう泡と彼女との二人っきりを邪魔する玩具達だ。
「クソ邪魔だろ、そいつら」
別にやらしい事をしてやろうだとか不埒な考えがあるわけではない。ただ、風呂に誘われたなら期待しない方が馬鹿だろう。そんなやつは男ではない、とサンジは奥歯を噛み締めながら椅子に座る。
「サンジ、泡ふわふわ」
「ふわふわだねェ♡」
君のふわふわしてるやわっこい肌に触れてェよ、おれは、と煩悩が支配する頭を打ち消すようにサンジは冷水を頭からかぶる。
鼻の頭に泡をつけて、ふわふわな泡の中でアヒルと遊ぶ彼女。彼女の楽しげな声に律儀に返事を返しながらサンジはゴシゴシと自身の身体を順番に洗っていく。顔にかかる濡れた前髪をオールバックにして、鏡越しに彼女を見つめる。無邪気な姿も可愛いなァ、と鼻の下を伸ばしていればタイミングよく彼女も視線を寄越す。
「お、両目だ」
「君は見慣れてるだろ」
サンジの言葉の意味を理解したのか、彼女はぶくぶくと顔半分をお湯に隠してしまう。出てる半分は風呂に逆上せたのか、それとも二人の夜を浮かべたのか真っ赤に染まっている。
「君にしか見せねェ特別」
そう言ってサンジは直ぐに髪をいつものように下ろすと片目を細めて柔らかく笑った。
「ナマエちゃんはどっちが好み?」
彼女はお湯から顔を出すと、半分じゃなきゃ耐えられない、と斜め上の答えを口にする。
「半分?」
「……かっこいいから半分だけにして」
そうしないと私、死んじゃうかも、と可愛らしい脅しを掛ける彼女にサンジは片目を器用にハートにすると止める間もなく浴槽に飛び込んだ。水飛沫が高く上がり、彼女はつい目を閉じる。
気付いた時にはサンジの腕の中にいた、顔についた泡を払いながらサンジの顔を見上げれば、ニヤけきっただらしない顔をしたサンジがそこにいた。元々の整った容姿をここまで崩せるのも才能かもね、と泡がついたサンジの頬に手を伸ばす彼女。
「エッ、格好いいってさっき言ってたよね!?」
「今は微妙かな」
「両目出せば格好いい!?出すね!」
そう言ってアイデンティティでもある髪型を一気に崩して、再度オールバックにするサンジ。長い前髪が一房、サンジの指の隙間からこぼれて顔にかかる。
「どうかな……?」
「振れ幅よ」
さっきまでニヤけきった顔をしていたのに今は憂いを帯びたような顔をして彼女を不安げに見ている。サンジの0か百の振り幅にくすくすと笑いながら、彼女はこう言った。
「死んじゃうから半分にして」
「格好良くて?」
サンジは浴槽の縁に手を掛けて、浴槽と自身の間に彼女を閉じ込める。彼女はサンジの首に腕を回して、小さく頷く。
「煩悩は流し切ったんじゃないの?」
「ありゃ、気付いてた?」
「当たり前」
君を隠しちまう泡とそこのクソアヒルに邪魔された、と文句を言いながらサンジは彼女の肩に付いた泡をクリームのように掬い取る。
「アヒルさんは煩悩防止よ、サンジのおいたを止める為のね」
「っ、くく、それじゃアヒルさんには御退場願おうか」
三匹いるアヒルの顔を壁に向けて、監視の目を自身達から逸らすサンジ。
「これなら、どうかな?レディ」
「はいはい、エロコックさん」
憎まれ口を合図に視線が重なり、どちらからともなく唇が重なった、アヒルの背後では甘い夜が始まろうとしている。