短編
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恋はアイドルを推す事と似ている、気付いた時には心を奪われて、いつしか目が離せなくなる。キラキラの金髪を見た時は天使が地上に降り立ったのかと思った、少しだけ気だるげな垂れ目を正面から見た時は睨まれたいと思ってしまうくらいにはサンジさんに情緒を狂わされている。アイドル雑誌のグラビアを捲るように毎日サンジさんの新規絵をこっそり覗く、断じてストーカーではない。家を特定する気もメッセージアプリのIDを知ろうとも思っていない、ただ、少しだけ毎日の癒やしにサンジさんを数秒、目に焼き付けたいだけだ。
近寄ったら目が潰れてしまうかもしれない、その心配が解消されたのは数週間後だった。ナミに騙されて連れて来られた居酒屋にサンジさんはいた、天使がジョッキを掲げている、と天を仰ぐ私にナミは呆れ顔で肩を竦めた。
「……ったく、あれのどこが天使なんだか」
「天使の羽根ってくるんとしてるでしょ?ほら、眉毛に影響出てるもん……天界からの遣いだったりするのかな……?」
「気持ち悪いわね」
うげ、と舌を出すナミに私は頬を膨らます。私は本気なのに、と文句を言えばナミはおざなりな返事を寄越して、何を思ったのかサンジさんの名前を呼んだ。
「サンジくん、この子の相手してあげて」
待って、心の準備が、と嘆く暇もなく忠犬よろしくサンジさんはハートを飛ばしながらこちらにすっ飛んで来た。これが噂のメロリン、と高鳴る心臓を押さえながらナミの影に隠れていれば、サンジさんは私の顔を覗き込むようにしてふにゃりと笑った。
「はじめまして、サンジです」
知っています、とも言えずに私はどうにか平然を装い自己紹介をする。サンジさんの輝かしい顔面を極力視界に入れないようにしながら、差し出されたらジョッキにコツンと自身のグラスを当てる。ナミは何かをサンジさんに耳打ちするとジョッキを持って隣のテーブルの長鼻くんの隣に座った。置いて行かないで、と伸ばした手は宙を掴んで無意味に終わる。
天使、顔がいい、赤い顔がやけに色っぽい、と脳内はお祭り騒ぎだ。SNSの壁打ち垢に思いの丈をぶつけたい、とテーブルの下で拳をぎゅっと握っていれば、サンジさんは煙草を片手に私に向き合う。
「ナマエちゃんってあんまり飲み会来ねェよな」
「……人見知りしちゃうから、あんまり得意じゃなくて」
嘘は言っていない、サンジさんだけに人見知りしてしまうなら私はれっきとした人見知りだ、と言い訳がましく内心でごちっていると、サンジさんは優しく笑って、あいつら、みんな良い奴だから大丈夫だよ、と他のテーブルに視線を向ける。
「ま、おれもあんま飲み会好きじゃねェんだけど」
「そうなんですか?」
「あんまし、酒強くねェからさ。レディの前で酔い潰れるなんて格好悪ィじゃん」
サンジさんの一言、一言にレポしたい気持ちを抑えながら私はグラスを傾ける。
「ナマエちゃんは強い人?」
「ナミには負けます」
「っ、くく、なら相当強いんじゃねェの?」
おれ、潰されちゃうかも、とサンジさんはくすくすと笑みをこぼしながら煙草の煙を吐き出す、色気と無邪気さのギャップにクラクラしてしまう。
一時間も経てば、少しずつ慣れてはきたが毎秒更新される新規絵にグラスの進みも早くなる。普段よりもお酒の回りが早いような気もするが、お酒に酔っているのかサンジさんに酔っているのか分からない。
「ねェ、ナマエちゃん」
先程よりもグッと近付いた距離にサンジさんの顔がある、白肌を赤らめて私に熱い視線を送ってくる。
「酔っちゃいました?」
「んーん、酔ってねェよ」
ただ、ちょっと浮かれてるだけ、とサンジさんは言う。何に浮かれているのか見当もつかない私は首を傾げる事しか出来ない。察しが悪くて申し訳ないな、と身を小さくする私の頭にサンジさんの手が触れる。
「おれさ、ナマエちゃんのこと知ってたよ」
「はい?」
「レディからあんなに熱い視線を向けられて気付かねェ男なんていねェよ」
ひゅ、っと喉が嫌な音を立てる。もしかして、気持ち悪がられた?と顔を真っ青にする私にサンジさんは勢い良く否定してくれる。
「違ェからね!?ただ、控えめなところも可愛いなァって」
「……天使過ぎません?」
サンジさんの優しさにきゅんと高鳴る胸を押さえていれば、サンジさんは灰皿に煙草を押し付けて、君がね、とずるい笑みをこぼした。
「おれは天使でも聖人でもねェよ」
君に片想いを拗らせてる、ただの野郎さ、そう言ってサンジさんはジョッキの中身を呷る。赤ら顔を更に赤くして、サンジさんは私と向き合う。
「好きじゃねェ飲み会に参加したのは君とお近付きになりたかったから」
サンジさんと負けないくらいの赤ら顔で勢い良くグラスの中身を空にする。今だけお酒の力を貸してくれ、と。
「飲み会に来ないのはサンジさんに会うのが恥ずかしいから、今だって緊張してお酒の味なんて分かんないですし」
「で、来た感想は?」
「サンジさんをもっと知りたくなりました」
そう言ってサンジさんを見上げれば、垂れ目がふにゃりと溶けて、おれも、と伝えてくれる。近寄っても視線が重なっても目が潰れてしまうような事はなかった、ただ、胸の鼓動が派手な音を立てて、サンジさんが好きだと叫び出した。