短編
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美しい言葉遊びが得意な人だった、愛を並べて、組み替えて、数百種類の口説き文句を舌に乗せて、私に美しい言葉の雨を降らせる人。飽きないのか、と言えば、君を愛する為にこの声はあるんだよ、と王道のラブソングのような答えが返ってきた。
「……帰れ」
下級海賊共、それを口にしたのは美しい言葉を誰よりも知っているサンジだった。ルフィは地に伏せて、ナミは涙を浮かべてサンジの変化に驚いている。あぁ、痛いなと私はサンジに同情していた。一味を抜ける正当性を作ろうとしているからだ、ケジメをつける為に力の限り二人を傷付けて戻れない状況に自身を追い込むサンジ。嫌われる人間を演じるのは疲れるでしょう、サンジ、とその背中に腕を回せたらどんなに良かったか。今、そんな事をしたらサンジの覚悟を踏み躙る事になる。それだけはどうしても私には出来なかった。
何も言わずに傍観者を気取つもりだったのにナミが手を振り被った途端に私の足は勝手に動いていた。ナミとサンジの間に身体を滑り込まして、ナミのとてつもなく痛い平手打ちを自身の頬で受ける。二人の動揺した態度に私は場違いな笑みを浮かべて、サンジの方に体を向ける。
「貴方には美しい言葉が似合うわ」
「帰れ」
「恋愛小説の一節ですら、私を拒絶出来ないもの」
以前、サンジの心地良い低音に物語を読んで欲しくて恋愛小説を渡した事がある、読み聞かせを強請る子供のような私にサンジは直ぐに了承してくれた。短編集になっているその小説は一話一話が長くなく読みやすい、サンジはロマンチックな登場人物になる日もあれば、物語を盛り上げるストーリーテラーの日もある。
「この物語は乗り気じゃない?」
黙り込んだサンジは申し訳無さそうに小説の一節を指差す、そこにはたった二文字が書かれていた。嫌い、と。
「……小説とはいえ君に言いたくない」
「貴方、失恋ソングも歌えない人?」
「あァ、君との別れを想像して号泣さ」
「ふっ、あはは、想像出来るわ」
ふざけて失恋ソングを歌おうとすれば、むっとした顔のサンジに半ば無理矢理キスで止められた。
「おれと君には別れなんて来ねェの」
その一言を信じていた、今だって本心では無い事を信じている。
サンジは私の肩をトンと押した、そんな力で私が吹っ飛ぶとでも思っているのかと問い掛けたくなる。ルフィにしたように私を蹴り付けてくれればいいのに、そしたらサンジの優しい嘘を信じてあげるのに馬鹿な人だ。
「君の理想通りのおれはお終いだ、サンジは死んだ」
「なら、貴方は?」
「もう君には関係無い他人だ、そこの海賊二人を連れて帰れ」
「ふふ、他人にも随分と優しいのね」
だから、サンジが好きだった、と私も嘘を重ねた。だった、なんて過去にする気はない。諦めの悪いルフィを連れて、ナミのご機嫌を取って、私は全てからサンジを奪い返すのだ。
「後悔しねェように生きていいんだよ」
その言葉が今でも私を支えてる事を知っているのだろうか、我侭に生きていいと諦めなくていいと教えてくれたのはサンジだった。
「……もう君とは会う事はねェよ」
「でも、人の気持ちって簡単には変えられないのよ」
私もサンジも、そう言って私はサンジに背を向けてナミの肩を抱いた。ここにいる全員、諦めが悪いのだ。誰かの都合なんて知った事ではない、自身が欲しい物に手を伸ばすのが海賊だ。
「……」
「サンジ」
私、怒ってないよ、と腰に巻き付いたサンジの腕をポンポンと叩く。だって、サンジはルフィの伸ばした腕をちゃんと自身の意思で掴んだ。それだけで私は十分なのだ、お互い後悔しないように動けたなら満点だろう。なのに、サンジは私に謝罪を繰り返しては絶望を浮かべた顔で抱き締めてくる。ごめんなさい、ごめんなさい、と捨てられる事を怖がる子供のような姿が見ていて痛々しい。
「ねぇ、サンジ」
「……なぁに」
「私ね、多分、失恋ソングを聞いても泣けないの。だって、別れが想像出来ないんだもの」
「おれ達、別れたもん……」
ベッタリくっついて自身が言った言葉に泣くサンジ、その金髪頭を撫でながら私はくすくすと笑う。
「別れてたの?私達」
「だ、だって……っ、おれ、君に酷い事を、うぅ……」
「あんなの派手な喧嘩よ」
だって、また私に会いに来たじゃない、そう言って私はサンジのぐちゃぐちゃな泣き顔にキスをした。
「あんな場面でも嫌いが言えないサンジを愛してるわ」