短編
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お互いの繁忙期が重なった、普段ならサンジが気を回してお互いの時間を無理くりにでも作ってくれるのだが、そんな気を回す余裕も今回は無いらしい。毎朝、私よりも早く家を出るサンジは簡単なメモ書きという名の熱烈なラブレターと朝食を用意していく。
「忙しいんだから気を遣わないでいいのよ」
「したくてしてるんだよ」
会えない時間に膨らんだ気持ちがラブレターと朝食に変身しただけ、とサンジは魔法使いのように人差し指をくるくると回して私に微笑んだ。
「だから、君はおれの気持ちを大事に食べて」
「ふふ、ありがたくいただくわ」
この日から習慣のようになってしまったサンジの魔法は繁忙期が訪れても止む事は無かった。毎朝、律儀に用意されたラブレターと朝食。ラブレターはテーマパークのクッキー缶に、朝食は私のお腹の中に大事にしまって今日も満員電車に乗り込んで会社に向かう。
サンジからのメッセージに数時間遅れで返信をする事にも慣れた、次のサンジからの返信はきっとディナーの時間が終わってからだ。休憩時間が合わないせいでメッセージのやり取りすらままならない。
『君に会えねェと煙草の減りが早ェ』
『ヘビースモーカーめ』
中身の無いくだらないやり取りすら愛おしい、メッセージが来る度に会いたいの波が来る。会いたい、声が聞きたい、顔を見てご飯を食べたい、そんな我侭を飲み込んで私は手に取った菓子パンを棚に置いた。
「食べないと怒られちゃうかなぁ」
甘やかされた身体は途端にサンジ不足に陥って必要最低限の行動しかしなくなる。心配を掛けたいわけでは無いのに心配を掛けるような行動ばかりしてしまう、人はやっぱりままならない。
それから一週間、二週間が過ぎて私は先に繁忙期を抜け出した。いつも通りの時間に出社して残業等せずに定時に退勤、電車にガタンゴトンと揺られる日々だ。だが、時間が出来れば出来る程、会いに行きたくなってしまうもので私はサプライズという便利な言葉に乗っかってサンジが働いているレストランの前まで来てしまった。営業時間はもう終了しているのか、扉の前にはCLOSEの掛札が掛かっている。大人しく近くのガードレールに座り、サンジが扉から出て来るのを待つ。
「あ」
サンジは三十分もしない間に扉から転げるように出て来た、そして駆け出そうとした脚を止めてガードレールに座った私を凝視している。よっ、なんて巫山戯た口調で片手を上げた私にサンジは一瞬で近付くと自身の首に巻いていたボルドーカラーのマフラーを外して私の首にぐるぐると巻き付きた。
「サンジ苦しいって」
「鼻、真っ赤になってる。寒ィのに待っててくれたの?」
「……補給しに来たの」
「おれを?」
私は小さく頷くとサンジの身体に腕を回して、胸いっぱいにサンジの匂いを取り込む。ジャケットに顔を埋めてスーハースーハーと匂いを嗅ぐ私に呆れもせずにサンジはメロメロと顔を崩して、鼻の下を伸ばしている。
「おれの彼女が世界一可愛い」
「サンジの世界ではね」
「まっ、まって、レディ、ちょっとまって、久しぶりの可愛さの暴力にサンジくん死にそうだから待って」
ひっくり返って、上擦った声は必死で可愛い。口をぱくぱくと開閉している様子は顔色も相まって金魚のようだ。その金魚のような唇にちゅっとリップ音を立てて、キスをする。
「路ちゅー」
「なっ、エッ、おれを殺す必殺技かな!?」
「ふふ、必殺技」
バーン、と指で拳銃を作り撃ったフリをすればサンジは心臓を押さえて瀕死のような声を出す。かわいい以外の話し言葉を忘れたサンジにケラケラと笑っていれば、レストランの扉から数人の強面な男達が出て来た。
『サンジ選手、まだ帰ってねぇじゃねぇか』
『あはは、陸上は辞めたのか?』
『あ、今日はお迎えかァ?クソコックさんよォ』
「あ!?うっせェな、散れ。それにこっち見んな、ナマエちゃんが減んだろ!」
サンジは私を背中に隠すと、シッシとその男達を手で追い払う。背伸びをしてサンジの背中から顔を出してペコリと頭を下げれば、その男達は強面に柔らかな笑みを浮かべて手を振ってくれる。私も振り替えそうと手を上げれば、ヤキモチ焼きのサンジに手を封じられる。
「もう、サンジったら。同僚さんでしょ」
「知らねェ奴」
『おい、クソガキお前、聞こえてるからな』
『ったく、明日ヤリ過ぎて遅刻すんなよ。サンジくん』
誰がヤるか、とサンジは顔を赤くして男達のお尻を蹴り飛ばす。男達はお尻を擦りながら、エロガキ、と言い残してその場を去って行った。
「ふふ、エロガキ」
「あいつら完璧にオロしてやる」
サンジはぶつぶつと文句を言いながら、私の手を握って駅の方向に歩き出す。こんなに喋るのも、手を繋ぐのも二ヶ月ぶりだ。私の歩調に合わせて進む長い足、恋人繋ぎをする時のフィット感、見上げればタイミングよく合わさる視線、そんな当たり前が何だかむず痒くて幸せだった。
「同僚にサンジ選手って呼ばれてるの?」
「……あれは違くて、比喩みてェな感じ」
「比喩」
「君の待つ家に全力ダッシュしてるから」
キッカリ同じ時間に扉から転げるように飛び出して、来た電車に飛び乗る。そして、最寄り駅に着いたら家までダッシュ。飲みに誘っても直帰、何処に誘っても直帰、そんな事を繰り返していたらいつの間にか選手やら陸上やら比喩されていたらしい。
「私ばっかり優先しなくていいんだよ」
「したくてしてるんだよ」
一秒でも早く君に会いてェから、とサンジは握ったままの手に力を入れた。ぎゅっと包まれた場所からサンジの熱が伝わり、つい私の口元は緩んでしまう。
「だからさ、待っててよ」
「うん」
「……そんで、今日みたいにさ、たまに君から迎えに来て欲しいなァなんて思っちゃったりして」
路ちゅー付きでしてあげる、と言えばサンジは自身の長い足に足を絡めてひっくり返る。隣から消えたサンジに視線を向ければ、真っ赤な顔を両手で覆っていた。
「すき」
「……免疫無くなり過ぎじゃない?」
私への免疫が消えてしまったサンジの手を引いて、魔法の絨毯があればいいのに、と思った。会いたい時に一瞬で飛んでいけたら私の深刻なサンジ不足もサンジの私への免疫低下も起こる筈ないのに。私はサンジの真似をして人差し指をくるくると回してみたが、魔法は使えなかった。
「ま、デートみたいだし時短したら勿体無いか」
貴重な二人の時間に魔法はいらない、必要なのはサンジ不足の私と免疫低下を起こしているサンジだけ。きっと、それで十分なのだ。