短編
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この片想いに決別を誓った、一生、見向きもされない相手の背中を追えるほど私は気長ではいられない。時間だって有限だ、片想いに消費した二年とちょっとと同じ分だけ私も歳を重ねた。こんな不毛な片想いじゃ、片想いを終える前に女としての寿命を終えてしまいそうだ。そしたら、きっとサンジは私を見なくなる。今だって私の立ち位置は大事な女性クルー3、仲間、色っぽさの欠片もないワードに苦笑いをこぼす。
「ナマエちゃんの今日の御予定は?」
「ナンパしてくる」
まさかの回答にサンジの手の平から皿が滑り落ちる、私は既の所でそれを受け止めるとサンジに皿を手渡す。未だ放心状態のサンジはそれを受け取ろうともせずに、私の顔を凝視してる。
「(……貴方だって島に下りる度にナンパしてるくせに、大袈裟よ)」
サンジのこれは過保護から来る心配に決まっている、男としてでは無く仲間としての心配。それが原因でナンパなんて興味も無い事に手を出そうとしている私にはきっと気付かない。私は下唇をグッと噛んで、放心状態のサンジを置いてキッチンから飛び出した。
ナンパしてくる、そんな大口を叩いた私は誰にも心は踊らず、こちらに視線を向けてくる男の視線を交わしては逃げてを繰り返し、結局一人で防波堤を歩いている。金髪に碧眼、面倒味がいい女好き、過保護で馬鹿みたいに優しくて泣き虫なサンジみたいな男なんて世界中に二人もいるわけがない。金髪を見掛けて近寄っても眉毛が巻いていないだけで途端に興味を失くした、そんな特殊な眉毛の方が珍しいのに馬鹿みたいだ。
防波堤に座り込み、静かな海を見つめる。船が停泊している場所からは随分と離れている為、人通りが少ない。先程から通るのは島の老人だけだ、若者なんて一人も通らない場所でナンパの成功話を偽装しようとしている私の情けない顔が水面に映る。
「馬鹿みたい」
「ナマエちゃんのナンパを断った馬鹿は何処だ」
背後から突然聞こえたサンジの声に私は肩をびくりと揺らし、身体をサンジの方に向けた。その瞬間、サンジのジャケットが私の肩に掛けられる。
「それとも、此処に君を置いていった馬鹿は何処だ?」
サンジの怒気を帯びた静かな声が辺りに響く、黙ったままの私の頭をグイっと自身の胸に引き寄せるとサンジは信じられない事を口にする。
「……選ばれないおれは君にナンパされたら一生着いて行くのにさ、選ばれた野郎は何で君をこんな所に放置して行くんだよ。おれと代われ、クソ野郎が」
レディをこんな薄着で海辺に放置するなんて男の風上にも置けねェ、とサンジは止まらない文句をブツブツと口にしながら私に自身のジャケットを着せる。
「寒くねェ?大丈夫?」
「……よく分からないの」
「分かんねェぐれェ此処にいたのかい!?あ!?クソ野郎ふざけんなよ、まじでオロしてやる!」
私の身体をジャケット越しに擦りながら、暖を分け与えるように身体を密着させるサンジからは煙草と香水の匂いがする。
「ナンパ失敗しちゃった」
「おれなんて成功した事ねェから大丈夫だよ、ナマエちゃん。ナマエちゃんのせいじゃなくて相手が全面的に悪いから気に病む事もねェよ、な?」
サンジは幼子に言い聞かせるように私の両手を握って何度も不確かな大丈夫を言い続ける。その必死な顔が何だか面白くて私は場違いな笑い声を上げる。
「ナマエちゃん?」
「違うの、私、誰にも声掛けてないのよ。チラチラと視線を向けてくる男の人もいたけど逃げて来ちゃった」
「ナンパするんじゃなかったの……?」
「……金髪に碧眼で眉毛がぐるぐるで面倒味が良くて女の子の後ばっかり追い掛けてる過保護で優しい人がタイプなんだけど一人しかいないんだもん」
金髪に反応したサンジは次から次へと出る自身の特徴に心底驚いたような顔をする。私は握ったままの手にぎゅっと力を入れ、サンジの顔を正面から見つめる。
「サンジを好きでいていい?一生なんて軽く言うけど女の寿命を終えたらポイするんでしょ、どうせ……うぅ……ばか、サンジ好き……」
サンジのシャツを握り締めながら馬鹿の一つ覚えのように「好き」を繰り返す私。もう言い逃げしようにも明日にはサニーはこの島を出る、もう私には逃げ場も言い訳も残っていない。
「こんな遠くまで逃げられちゃ堪んねェからさ、腕の中で聞いて」
「……ん」
「おれはレディを捨てたりなんてしねェよ、それに、言ったろ。ナンパされたら一生、着いて行くって」
「そこにサンジの気持ちはあるの?」
サンジは確かに優しい、レディを捨てるなんて酷い真似出来る筈がない。だけど、好きでもない私にまで気を遣う必要は無いのだ。
「……おれさ、君がナンパしてようがされてようが相手のこと蹴り飛ばすつもりだったんだ」
「は?」
「君が好きだから」
君に近付く野郎なんて大嫌いだ、とサンジは言葉とは裏腹に穏やかな声でそう口にする。
「……一切、そんなこと言わなかったじゃない」
「だって、一生なんて重いだろ?」
ま、もう逃がす気ねェけど、そう言ってサンジは腕の中にいる私に笑みを向ける。その顔には反論は許さないとでも言うような圧が浮かんでいる。
「ナンパは禁止」
「サンジには?」
「四六時中、大歓迎♡」
この片想いは決別しなくていいらしい、一生、見向きもされないと思っていた相手は私の背中を追っていたと言う。時間は有限だ、両想いに消費した一生と同じ分だけ私は歳を重ねる。だが、女の寿命がやってきてもサンジはどうやら私を愛してくれるらしい。
借りたジャケットから香る煙草と香水の香り、この日から常に私はこの香りを全身に纏う事になる。
「おれのサイン」
そう言ってサンジはナンパ男に今日も目をギラつかせるのだった。