短編
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赤銅色の月が出る夜、私は私でいられなくなる。悪魔の実は海に嫌われると聞いていたが、年に数回、私は月に嫌われる。月食と同時に醜い姿に変わり、仲間を認識出来なくなる。そのうち、自身の鋭く尖った牙が仲間を食い殺してしまうかもしれない。
「がおー」
「そんな可愛い顔しても下ろす気は無いよ」
何度、脅かした所でサンジを筆頭にこのお人好し海賊団は私の下船を徹底的に拒む。メリットよりデメリットの方が多いじゃない、と説得しても麦わら帽子を被った我ら船長が、うるせぇ、一緒に行こう、と何処までも伸びる腕で私を捕まえるのだ。
「恋人を食べちゃうかもしれないのよ?」
「おれは今すぐにでも君を食べたいけど」
「馬鹿言ってないで真面目に聞いて」
クソ真面目だよ、とサンジは私の話をロクに聞かずに適当な返事を返す。
クルーの中で一番、危険な位置にいるのはサンジだ。サンジは恋人である私に攻撃なんて出来ない、蹴りの構えすら取らずに死ぬのが目に見えている。
「前だってサンジだけ攻撃しなかった」
「おれはDVの趣味はねェの」
赤銅色の月の下で自我を忘れた私に攻撃をしなかったサンジ、あれはきっと出来なかったのだろう。自我を忘れる前に約束した誰かを傷付ける前に意識を飛ばしてという願いはサンジ以外が叶えてくれた。他の皆はただ私の願いに従っただけだ。
「それに君はただの可愛らしい狼だろ?」
愛玩動物のように私を可愛がるサンジの頭のネジはきっと足りていない、暴れ狂う私を知っているくせに知る前と変わらずに私に愛を謳う。
赤い月に嫌われた私は黄色のまんまるお月様に似た彼に愛情を向けられている。
「おれだけ見てて」
月食を予定されてる日の朝にサンジはそう言った、食器を洗いながら昼のメニューを話すようにサンジはそう口にした。流石に楽観視し過ぎ、とその背中を睨み付ける私にサンジは、大丈夫だよ、と笑う。
「おれを信じて」
「馬鹿じゃないの」
「はは、辛辣だなァ。でも、君はおれを間違わねェよ」
何の話だ、とか、分かったような口を聞くな、だとか、言いたい事は山程ある。だが、悔しい事に黄色の月に恋をしている私は信じたいと少なからず思ってしまった。
乗船の条件として私はフランキーに檻を作って貰った、皆、良い顔はしなかったがお互いの心を護る為には必要なものだったのだ。仲間を食い殺してしまう前に檻にぶち込んでくれ、と命乞いのように他人の命を願う私の背中を見ていたサンジの顔もサンジにとっての鉄格子がどういう意味を持っているのかもその時の私は何も知らなかった。赤銅色の月が空に浮かぶ前に自身の足で檻の中に入る、フランキーは優しいから私のプライドを護る為にあえて人目を避けるような位置に檻を作ってくれた。檻というよりも部屋に近いそれは私を未だに真っ当な人間として扱ってくれているようで涙が出る。
「月なんて出なきゃいいのに……」
何度、願ったか分からないそれを口にしながら私は姿形を変えていく自身の体を冷めた目で見つめる。ここからはもう私の出る幕は無いのだ、暴走する体と一割だけ残ってしまった自我。完璧に自我を失えないせいで人を傷付けた記憶も皮膚を噛み千切る感触も全部しっかりと覚えている、過去の傷付けた人間にどれだけ謝った所で私は制御不可の人狼なのだ。何が人狼モデルの悪魔の実だ、と嘆いた所で月はどんどん私から自我を奪っていく。口からは独り言の代わりに獣のような唸り声が漏れる、がおーなんて馬鹿な音はしない。
人を食いたい、あいつを人狼にしたい、殺してしまいたい、人間でいたい、誰も傷付けたくない、そんなぐちゃぐちゃな気持ちを胸に閉じ込めながら、檻の中で自身の体を傷付けようとする私に細長い指がストップを掛ける。
「ナマエちゃん、爪を立てちゃだめだよ」
なんでいるの、と発した口からは醜い鳴き声が漏れる。サンジはそれにくすくくすと笑うと、君を信じてる、と場違いな台詞を吐く。
「だから、今夜はここにいさせて」
サンジは檻の隙間から手を入れて、私の毛だらけの体に触れた。
「なァ、ナマエちゃん。さっきよりも落ち着いてきてるの分かる?」
確かに先程まで持っていた殺人衝動もカニバリズム的思考も薄まってきている。だが、その理由は私には分からない。普段よりもしっかりした自我を手放さないように私はサンジを見つめる。
「チョッパーに聞いたんだ、狼は番と一生を共にするんだって。そんな愛情深ェ動物に変身出来る君はきっと、おれを認識出来るって自信があったんだ。君におれは傷付けられない、空に赤い月が浮かんでても、君の目が追うのはこの金の月だけでいい」
だから、おれを見てて、ナマエちゃん、そう言ってサンジは愛玩動物に触れるように私に触れた。噛まれる危険性を理解しているくせにサンジの手は遠慮なく顔を触る、恋人同士の触れ合いを意識させる為か、その手は愛撫するように優しく動かされる。
「ほら、君は可愛らしい狼だ」
サンジは持ってきていた手鏡を私に向ける、そこに映る私は耳や爪は狼のそれだったが顔や体は人間だった。
「さ、さんじ」
「うん、声帯も大丈夫だね」
「なんで」
「んー、一生寄り添う番だからかな」
ばか、と涙混じりの罵倒をすればサンジは優しく笑ってこう言った。金の月は君を愛している、と。