短編
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手料理が食べたい、と言い出した時は全力で拒否した。プロの料理人にド素人の家庭料理なんて出せるわけないでしょ、と頭を抱える私にサンジは土下座までして手料理を強請った。放っといたら成人済み男性が全力で床を転げ回る地獄を見る羽目になりそうだった私は渋々頷いて、サンジのお願いを了承した。
「期待だけはしないで」
「君の料理なら消し炭でも食べれるよ」
サンジの言葉で闘志に火がついた、食べる前から消し炭?流石にもっと期待しろよ、と内なる面倒臭い自身を抑え込みながら私はニッコリと笑みを浮かべた。
「首洗って待ってな」
「へ?ナマエちゃん?」
あの時のサンジの顔は引き攣って、目も泳いでいた。自身の失言に気付いていないであろうサンジを前に私はサンジを満足させるようなメニューを何通りも頭に浮かべた。
決戦当日、テーブルに溢れんばかりに並べられた皿にはサンジの好物である海鮮パスタだってちゃんと並べられている。 二人だけだというのに随分と多い品数だ、それを除けば、中々のものだろうと自負する私を前にしてサンジは床に溶けた。人体が溶ける事をサンジと付き合ってから知った私は慣れた動きでスライムのようになっているサンジに近付いた。
「どうかした?」
「だ、だって……っ、きみの、手料理がこんなに……」
「泣く程、クソ美味そうですか?」
サンジの口癖を真似した私にサンジは破顔したまま顔を濡らして泣いた。大袈裟なんだから、とサンジの涙を拭っている私の鼻の奥もツンとして誤魔化すように咳払いをした。ただの手料理にこんなに喜んでくれた彼氏はサンジだけだ、料理に限らず、サンジはいつだって優しい。泣きたくなるくらいに優しい人。
料理を食べながらもサンジは美味しいと感想を何度も伝えてくれた、テレビに映る料理評論家のようなダメ出しなんて一切されなかった。
「プロのコックのダメ出しとかされたらどうしようって思ってて……」
「ダメ出し?おれが?そんなのしねェよ、愛情がこもった料理はそれだけで百点だよ。てかさ、ナマエちゃん料理めちゃくちゃ美味ェし、まずダメ出しする所がねェもん」
サンジはテーブルの向かいから手を伸ばして、私の頭をくしゃりと撫でた。クソ美味ェよ、の言葉と一緒に送られたその温かさにまた涙腺が緩みそうになった。
結果、全て上手くいった。ただ、あの日から定期的にサンジは私にリクエストを寄越すようになった。ハートが描かれたオムライスが食いてェ、そんなメッセージが送られたスマートフォンを片手にわざわざスーパーに寄って、鼻歌が出そうになるのを抑えながらカートを押している自身のチョロさに笑いそうになる。だが、幸せ過ぎる私に嫉妬した神様の悪戯か、特売品の卵は私の前で売り切れた。
『今夜はシチューで我慢して』
ごめんね、のスタンプを送れば直ぐに既読が付いてサンジから返信が返ってくる。
『サンジくんはオムライスの口になっています』
『帰ってきたらシチューの気分になるように、ちゅーしてあげるから』
『おれ、世界で一番シチューが好き♡』
サンジのチョロさについ吹き出してしまう、どうにか他の客にバレないように下唇を噛みながらサンジに返信を返す。
『私は世界で一番サンジが好き♡』
笑わせた罰として職場で真っ赤な顔を晒せばいいのよ、と私はベーっと舌を出してバッグにスマートフォンをしまった。ポコン、ポコン、と鳴り止まないメッセージの音をBGMに私は今晩の買い物を続けるのだった。