短編
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この世には厄介な能力者が沢山いる、今回の敵の能力者は対象を未来に飛ばす事が出来るらしい。辺りを見渡しても見覚えのない景色ばかりが広がっている、元の世界と同じなのは海の青さだけだ。私は飛ばされる前の記憶を整理しながら、なるべく治安の良さそうな場所を探し、身を潜めた。
コツン、コツンと後ろから聞き慣れた革靴の音がする。この、規則的な音を私は知っている。
「サンジく……ん?」
確信を持って後ろを振り返れば、ウェーブのかかった髪を上品に揺らした老紳士がいた。髭の三つ編みは恋人の育ての親に近しいものを感じるし、眉毛はもう見事にぐるぐると巻いていて疑いようもない。
「やっぱり、ナマエちゃんだ」
私を呼ぶ声は普段よりも低く感じるが、だけど砂糖で煮詰めたような響きの甘さに、この人はサンジくんだ、と私の本能が叫ぶ。未来に一人だけ飛ばされてしまった心細さから、その体に抱き付けば、サンジくんは喜んで私を受け止めた。
「っ、くく、可愛らしいお姿に酔っちまいそうだ」
私の知っているサンジくんだったら、もっと落ち着き無く騒いでいる所だろう。嵐のような騒がしい愛を叫びながら、鼻から血液を垂れ流す姿を想像して少しだけ胸が痛んだ。
「もう、メロリンは卒業したのかしら?」
「今は懐かしい君を目に焼き付ける方が重要でね」
「貴方、やっぱりサンジくんだわ」
安心したようにくすくすと口元に手を当て笑う私にサンジくんは目尻の皺をくしゃっと垂らす。
「そうだよ、君のサンジくんだよ」
「……その台詞」
「隠そうとしても分かっちまうだよなァ」
おれはずっと君が好きだから、そう言ってサンジくんは私の両手をぎゅっと皺だらけの両手で包み込んだ。
君のサンジくん、その言葉はいつも近くにあった。不安でどうしようもない時、寂しい夜、泣き出してしまいたい時、サンジくんがいつも掛けてくれた言葉だ。おれはいつも君の味方だよ、君の傍にいるからね、って優しいサンジくんがいっぱい詰まったその言葉に私の涙腺は呆気なく崩壊した。ぽろ、ぽろ、と目から涙の滴が溢れるのを、サンジくんは無理に止めようとせず、私の背中を優しく撫でた。
「知らねェ未来に飛ばされたんだろ、過去のおれも同じ経験をしたから気持ちはよく分かるよ。だが、君が助けに来て欲しい男はおれじゃねェ、そいつは飛ばされる前に、君に言ったろ?」
ナマエちゃん待っててくれ、おれが必ず迎えに行くから、って
未来に飛ばされる私に向かって必死に手を伸ばしていたサンジくん。真っ白なシャツには血が滲んで、まるでホラー映像の一部のようだった。
「……信じてあげて、クソガキのおれを」
「私ね、サンジくんを疑った事なんて無いわ。今だって貴方がサンジくんだってちゃんと分かってるもの」
「ナマエちゃん……」
サンジくんの左手を拝借して、その薬指にはめられた銀の輪っかを指でなぞる。
「この指輪の片割れをつけた未来の私だって貴方を信じているでしょう?ずっと、私を好きなサンジくん」
ニヤっと海賊らしく笑う私にサンジくんは両手を後ろに隠して、下手くそな言い訳を並べた。いくつになろうとサンジくんはサンジくんなのだ、その証拠にサンジくんは私を傷付けるような一言は嘘や誤魔化しでも一切、口にしようとはしなかった。
「忘れてあげない」
だから、過去も未来も私のサンジくんでいてね、そう言って私はサンジくんの薄い唇に噛みつくようなキスをした。いつか、また続きを、と願いを込めて。
次、目覚めたら目の前に土砂降りのサンジくんの泣き顔があった。約束通り助けてくれたのはいいが、どうしてこうなった、と私は痛む頭を押さえた。
「ナマエちゃん怪我は!?頭痛くねェ!?てか、おれ以外の香水の匂いがするんだけど!??!?何処の野郎にマーキングされたのかな!?エッ、満更でも無い顔……!?う、嘘だ、嘘だと言ってくれ、ナマエちゅわん……」
止まらないマシンガントークの行く末を見守っていれば、未来の自分自身にギリギリと歯を剥き出しにするサンジくん。これがあんな落ち着いた老紳士になるのだろうか、と些か疑問を抱えながら私はサンジくんに抱き着いた、未来の話に内緒を混ぜて、貴方と未来を語り合うのも悪くないのかも知れない。
「あのね、未来で素敵な殿方に出会ったの!」