短編
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自身しか知らないサンジを教えてくれ、と言われたら彼女はきっと一言こう言うだろう。サンジは可愛い人だ、と。以前だったら男性を捕まえて可愛いは失礼かな、と遠慮していた所だがサンジと付き合うようになり、彼を知っていく内に、もしかしてとてつもなく可愛い人なのでは?と思う事が増えた彼女。垂れた碧眼も男にしては厚い唇も、そして猫のように擦り寄って来ては離れる事を嫌う寂しがり屋な一面も、構わないと拗ねる大人げない一面も考えれば考えるほど可愛いで出来ている。
「可愛い人ね」
「へ?」
可愛いのは君だろ、と困ったような笑みを向けられても可愛いものは可愛いと彼女は思う。後ろからぎゅっと彼女を抱え込むように座っているサンジは、彼女の肩に顎を置いて尖った顎をグリグリと当ててくる。サンジの無意識の甘えたいの合図に、つい漏れてしまった本音。
「君の可愛いはお若いレディ達が何にでも可愛い、可愛いって言うあれと同意義かな」
「私の最近の可愛いは全部、サンジにあげちゃってるから違うかな」
「……そっかァ」
サンジの理解不能と書いてある顔の奥に隠された少しの隙を見つける、金色の隙間から丸見えの左耳がやけに赤い。彼女は熱を帯びたサンジの左耳に触る、そしてもう一度、可愛い人ね、と口にした。
「おれよりも」
「はい?」
「……可愛いのは君だろ」
「さぁ、どうかしら?」
彼女は自身の髪を触り、火照った耳を隠す。可愛くて格好いい恋人がいるとやり返されてしまうからいけない。
そこから数週間が経っても彼女からの可愛いは止まらない、直ぐに飽きるだろうと放置していたサンジの予想を裏切り、以前よりも頻度を上げていた。くっつけば可愛い、ウトウトと舟を漕いでいるだけで可愛い、何もしていなくても可愛いが飛び出してくる。そして、困った事にその「可愛い」の言葉には揶揄いなんてものは含まれておらず、本心からそう思っているから困ってしまう。サンジは自身に可愛いと伝える彼女の慈愛に満ちた瞳が少しだけ苦手だ、むず痒くて、戸惑ってしまうから。
「困ってる時のサンジって眉毛がきゅっと下がって可愛い」
「(……君の方が可愛いじゃねぇか)」
可愛いは置いといて、サンジにとって彼女からアクションが増えた事は素直に嬉しくもあった。控えめでサンジに遠慮ばかりしていた彼女が、キスやハグ、そして軽口の応酬、恋人らしいアクションをしてくるようになったのだから可愛い様々なのかもしれない。
先程までの余裕はどうしたのか、彼女は自身の腹に黙って顔を埋めるサンジの髪を撫でながら首を傾げる。何かを言い掛けては、口を閉じて、そして最終的に蹲って彼女の腹に埋まってしまったサンジに優しく声を掛ける彼女。
「言ってくれなきゃ分からないわ?」
「……絶対笑わないって約束出来る?」
「はい」
「ウソップは可愛くない、可愛いはおれだけにしてくれ」
なんだ、この可愛い生き物は、と彼女は肩をプルプル震わす。確かにウソップの話はしたが可愛いと言った記憶はない、だが、目の前のサンジの不貞腐れた様子を見れば言ったような気もしてくる。
「聞き間違いじゃ、」
「じゃないよ、言った」
食い気味の否定に彼女はもう完敗だ、とでも言うように両手を顔の脇に上げた。自身の恋人はやっぱり可愛い、クルーの皆に、世界に、恋人を見せびらかしたいと思う感情はきっと間違いじゃないと内心荒ぶるお祭り状態の彼女は一つ咳払いをすると、サンジの頭を撫でる。
「サンジ、こっち向いて」
「嫌だ」
「可愛い顔を見せてください」
ぐう、と唸り声が聞こえたのと同時にしぶしぶといった様子で決して可愛いとは言えないガラが悪い目付きで彼女を見上げる。口元はちょんと尖って、まるでキスを強請っている時のようだ、と彼女は笑う。尖った唇の先端にキスを落とせば、誤魔化されてる、と可愛らしい文句が飛んでくる。
「可愛いからキスしたの」
ウソップにはしないわ、と付け足せば、長い腕が赤ら顔を隠すようにバッテンを作る。
「一番はサンジよ」
「……二番も三番もおれにしてよ」
彼女は世界で一番可愛らしい恋人の可愛らしい我儘にイエスのキスを送る、そうすれば目付きの悪い碧眼がへにゃりと柔らかく溶けるのだった。