短編
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「背後を取られるのが苦手なの」
真実半分、嘘半分。背後を取られるのは別にいい、ただ、それを吸っている間だけは私の見える場所にいて欲しい。仲間の区別すらつかずに肩を震わして、取り乱してしまうから。
「君の視界にお邪魔させてもらえる幸運に感謝しねェとな」
サンジは私の様子が変な事にもきっと気付いている筈なのに、そこには触れず、私の視界の中でニコニコと笑みを浮かべている。その右手に持っている煙草も私の恐怖心を煽るには十分なのに、持っている相手がサンジというだけで恐怖心に固まってしまうような事は起きない。
「そんなに見られちゃ穴が空いちまうよ、ナマエちゃん」
「サンジの視線だって煩いわ」
そう言って先程よりもラフな笑みを浮かべる私にサンジは安心したように息をついた、それに気付かないフリをして私はサンジの優しさに甘える。いつか真実を話せるように、と。
袖口がふんわりとした長袖のブラウスはボロ布のようになってしまった、中に着ていたキャミソールも袖を通すには見苦しいレベルだ。肩をガタガタ震わす私は海賊というよりも天竜人を前にした奴隷のようだ、ねっとりと後ろから腕を回されて、背中に無数についた煙草の痕に舌を這わす男。過去に男が灰皿代わりにした私の体は未だに恐怖に固まり、大人しく灰皿の役目をこなそうとする。
「いい子にしてたかい?」
いい子、そう言って私の頭を撫でてくれた優しいサンジの手とは大違いだ。この男の手は汚い、紳士を気取ったってゴミは所詮ゴミなのだ。なら、この男の手に汚された私は何なのだろうか。
「返事の仕方は教えただろ」
後ろからグッと髪を掴まれ、ぷつり、と数本、髪が切れる。私は体の震えを止めるように自身の腕に爪を食い込ませる、震えるな、泣くな、と自身の体に命じるように何度も突き刺す。
「ナマエちゃんの綺麗な肌が傷ついちまうよ」
柔らかな声が鼓膜を揺らす、まさか、と後ろを振り返ろうとした瞬間、私に腕を回していた男は吹っ飛ばされていた。人間の骨の可動域はそうならないんじゃないかな、と言いたくなるぐらいには見るも無惨な姿で地べたに潰れていた。サンジは革靴で男の体を弄ぶように転がす、先程まで紳士ぶった気持ち悪い声をあげていた男からは聞くに耐えない悲鳴が何度も上がる。
「……あいつ、あんなに弱かったんだ」
いや、サンジが強すぎるのか。だが、今の私にとっては目の前の真実が全てだった。よろける体で立ち上がろうとした私を視界に入れたサンジは足元に転がっている男を再起不能にすると急いでこちらに駆けてくる。
正面から私を抱き締めると私の体を隅々まで確認して、悔しそうに眉間に皺を寄せる。
「謝らないで」
「だが、」
「私以上に私に心を砕いてくれてありがとう」
未だに怒りが収まらないのか苛々と私以上にあの男を睨み付けているサンジ。
「……背後に立たれたくないのはそれが原因かい」
サンジは自身が着ていたジャケットを私の肩に掛けながら、そう尋ねる。確信を持った聞き方にやっと私は話す覚悟を決め、頭一つ分上にあるサンジの顔を見つめる。
「綺麗な体じゃなくて吃驚したでしょ」
「君の折れない美しさに吃驚した」
本当は泣いてしまいそうだった、なのに、背後からサンジの声がして安心したのだ。ふわりと香った煙草の香りも自身を脅かすあの男が吸っていた煙草とは似ても似つかない。
「……煙草控えるからさ、あの、避けたりはしねェで」
「何で控えるの?」
サンジはポケットの中に入れていた煙草の箱をグシャりと潰して、私を真っ直ぐ見つめる。
「君に嫌われたくねェから」
「……嫌いじゃないけど」
「おれはそういう意味で君を慕ってるよ」
あの男と同じ意味なんて反吐が出る、と吐き真似をするサンジに私は目を丸くする。
「えっと、灰皿にしたいって事?」
「は!?ちげェって、ただ他人に好き勝手されたくねェって事。その傷ごと、おれが君を大事にしてェの」
「……間違いじゃないなら、それは好きって事であってますか?」
アッテマス、と不思議なカタコト言葉で返事をするサンジの顔は真っ赤に染まっている。サンジのそれはあの男のネジ曲がった愛情とは似ても似つかない、あの男のそれに名前を付けるなら支配や執着だ。だが、サンジのそれは過保護と独占、真っ当な愛情だ。
「煙草、別にいいよ」
「うっ……脈無しだから?」
私はサンジに掛けられたジャケットをぎゅっと掴むと、サンジに背を向ける。サンジなら怖くないよ、その意味がサンジにちゃんと届くように。