短編
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歩く武器庫なんて不名誉な名前で呼ばれている私は、その名の通り体中に武器を仕込んでいる。刀でもナイフでも銃でも使える物なら何でも使う私の戦闘スタイルに美しさは邪魔だった。自身の意志とは関係なく伸びてくる髪も邪魔だ、戦闘中に髪を掴まれたら?もし、武器に絡まってしまったら?それで、もしサンジや皆に何かあったら?
「(……死んでも、死にきれないわ)」
鏡にうつる自身の短い髪をぐしゃりと掴む、大した長さもない髪は直ぐに手から離れて元の意味に戻る。
二年前だったら何も思わなかった自身の見た目に今、こんなに振り回されているのは女らしくない私にも恋人がいるからだ。私の恋人は世界中のレディを崇拝しているような立派な女好きだ、自他共に認めるレディ贔屓。そんな、サンジが最終的に選んだのはオレンジ髪の美女でも黒髪の美女でも無かった。何かの間違いか、歩く武器庫なんて呼ばれる可愛さ0の私だった。
「何で、私……?」
この、センチメンタルな気持ちをサンジに吐露すれば、簡単に答えは出るだろう。だけど、答えに触れたくないのはサンジから与えられる莫大な愛に飲み込まれるのが怖いからだ。
のらり、くらり、と答えに触れられない私を置いて無情にも新しい島に着いてしまった。サンジは当たり前のように私を島に誘い、可愛い格好で来てくれたら死んじゃうかも、なんて軽口を叩いて口元をだらしなく緩めている。
「私と?」
「ん、君とデートしたい」
デートって何だ、でも、恋人なら当たり前か、と内心で騒がしくしていれば、サンジは私の顔を覗き込む。
「ふたりっきりになりてェんだ、君と」
「……すけべ」
「っ、はは、すけべはもうちょい先だよ」
君の覚悟が決まったら、そう言ってサンジは私の頭をポンポンと撫でて女部屋を出て行った。
普段よりも女らしい格好で待ち合わせ場所に行けば、サンジは普段より九割増しの早口で私を褒め称えた。両手で顔を覆って、もういいから、とストップを掛けても、サンジの口は未だ言い足りないとでも言うように私に愛を囁いた。莫大な愛の前で私は足を踏ん張り、溺れないように飲み込まれないように必死に耐えるが、きっと時間の問題だ。
「髪の長くて綺麗な女」
そんな単語が耳に入って、つい、そちらに視線を向けてしまう。話しているのはサンジと同世代ぐらいの男性二人組、髪の綺麗な子が好き、ショートは微妙、と好き勝手に言っている男達に私が悲しくなるのは見当違いだ。だって、別に好き嫌いは自由だ。私はあんな男達よりも全世界のレディを褒め称えるような男の方が好きだし、ショートなんて可愛いレベルじゃない程の短髪女が視界の端で泣きそうになっているのにも気付かず、騒がしくギャハハと笑う図太い神経の男なんかよりも、私を椅子に座らせて飲み物を取りに行ってくれる気遣いの塊のようなサンジの方が間違いなく良い男だ。
戻って来たサンジは私の異変に気付いたのか、私の手に飲み物を一つ握らせると空いた手で私の腰を抱いて、人通りの少ない席に移動する。
「君にそんな顔をさせたのは誰」
人殺しか、とツッコミたくなるような悪人面から視線を逸してサンジが買って来てくれた飲み物に口を付ける。
「……サンジは何で私なの、髪だってゾロぐらい短いし、女の子らしい服だってあんまり似合ってない。レディの枠にギリギリ入れてるような私が何でサンジの恋人なの」
ベリーショートなんて可愛い名前で呼ばれてるだけの只の無造作な短髪。先程の男達からしたら微妙どころではない、マイナスの位置に属する髪型だ。
「君だから」
「なにそれ、理由になってない」
「おれの基準の話だよ」
君か君じゃないか、そう言ってサンジは私の頬に手を伸ばして優しい手付きで撫でる。
「髪だって可愛い、あんのクソマリモとは全然違ェ。これっぽっちも似てねェ、ナマエちゃんの髪は綺麗だ。だって、君の短ェ髪には沢山の覚悟が詰まってるだろ?」
「覚悟……?」
「人を護る覚悟、その小せェ身体で立ち向かうには武器が必要だ、武器庫は言い過ぎかもしれねェけど、君しか出来ねェ戦闘スタイルだ。そのお陰でおれ達は助けられてる、なのに、君自身が君の覚悟を踏み躙るようなマネしねェでくれ。それに君はレディだ、おれだけのレディ」
だから他所の野郎の言葉なんかに耳を貸さなくていい、君が世界で一番美しい事なんてアイツらは知らなくていい、一生後悔して生きて行け、クソ野郎、とサンジは先程の席に視線を向けて中指を立てる。
「ふふ、聞いてたの」
「……オロしちまっても良かったんだが、君は無駄な殺生を嫌うから」
「我慢してくれたの?」
「ほら」
サンジは私の目の前に手の平をかざす、真っ白な手の平には爪の痕がくっきりと付いて痛々しい。こうしてなきゃ殺しちまう、と未だに鋭い眼光を男達に向けるサンジ。
「っ、はは、馬鹿ね、ほんと馬鹿」
料理人の手なんだから大事にして、とその手を優しく両手で握ればサンジはコクリと頷いた。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「海賊をやめたら髪を伸ばすわ、二度と会わないであろうクソ野郎に後悔させるぐらい綺麗になるから」
私を一番近くで見てて、と私はサンジの莫大な愛の前で宣言する。もう卑屈になるのも逃げるのも終わりだ、私は一度、空気を目一杯吸い込むとサンジの愛の中に飛び込むのだった。