短編
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トリップ特典と言えばいいのか、私はこちらの世界に落ちた途端、能力者として目覚めた。実を食べた事も無ければ、見た事も無かった私は最初は信じられず、海にドボンと落ちてはサンジの手を煩わせていた。その度にサンジは心臓に悪いと言って、最終的には泣きそうな表情で私の行動に制限を掛けた。身を乗り出さない、長風呂は控える、海に入る時は足首まで、と約束事を決めてお互いの小指を絡ませ合った。
「自分を大切にしてあげてくれ」
絡ませ合った小指は少しだけ震えていた、大丈夫?と尋ねる前にサンジは誤魔化すようにポケットに手を入れて私に背中を向けた。その背中に掛ける言葉が見つからず、キッチンに消えていく背中を黙って見送った。
走馬灯の一話から十二話、ワンクール分、思い出すのはサンジの顔ばかりだった。以前の世界の事なんて何も思い出さない私は薄情で親不孝な娘だと思う、だが、そんな気持ちとは裏腹に思い出すのはサンジから掛けられた台詞の数々とサンジの笑顔と私の不甲斐なさから何十回と泣かせてしまった泣き顔だった。私がこのまま海の泡になったら、サンジはきっとスピンオフで大号泣に決まっている。走馬灯のスピンオフ、そんな不謹慎な事を考えている私は死ぬ事を後悔していない。だって、一人の命を犠牲に仲間の命を救うなんて少年誌的には綺麗な終わり方だろう。異質な存在がやっと、この世界に受け入れられたような気がした。
「(……あぁ、もうちょっと生きたいな)」
閉じかけた瞼の隙間から見えた光景は私の走馬灯に全出演したサンジが必死に手を伸ばしている所だった。サンジだって怪我してるのに、自分を大切にしなさいよ、と怒鳴りたいのに口から漏れたのはコポコポと溢れ出る泡だった。私はサンジとの約束を守れないまま、瞼を閉じた。大切に出来なくてごめんなさい。
強運に恵まれたのか、トリップに巻き込んだ温情なのか、二日間の意識不明を経て、私は死ななかった。だが、私の事を救った救世主には会えていない。他のクルー達に聞いてみても、サンジには会えない、の一言で話題をさらりと変えられてしまうのだ。その度に手を伸ばしてくれたサンジは私の走馬灯の一部だったんじゃないか、と不安になる。
ベッドの住人を卒業して、私はキッチンの前まで来ていた。煩い心音を無視して扉を開ければ、そこには以前と変わらないサンジの背中があった。
「サンジ」
なぁに、と普段だったら柔らかな声が鼓膜を優しく揺さぶる場面だ。なのに、今のサンジは無言で私なんていないかのように振る舞う。私は引き攣る喉を無理に動かして、その言葉しか分からないとでも言うように、サンジ、ごめんなさい、サンジ、と謝罪を繰り返しては振り向かないサンジの背中を泣きながら見つめていた。
「何に対してのごめんなさい?」
謝罪を重ねる私にサンジは静かな声でそう問い掛けた。
「……約束を破った事」
「君のお陰で今回の戦闘での重傷者はいなかった、君を除けば、ね……おれは君の戦い方が大嫌いだ、君の命の上に生かされて、気付いた時には君は真っ青な顔で沈んでいく」
「でも、助けてくれたでしょ?」
サンジはこちらを振り返ると、私の頬に右手を添えて、君が自分を大切に出来ねェ環境を作っている弱ェおれ自身が何よりも嫌いだ、と静かに笑った。
「……私を生かしたのもサンジだよ」
「運が良かっただけさ」
「違うの、あの時、私、死んでもいいって思ってたのにサンジが見えた瞬間に生きたいって、ちゃんと約束守らなくちゃ、って……っ、私の走馬灯ね、サンジばっかりだったの」
支離滅裂の私の言葉にちゃんと耳を傾けてくれるサンジ、走馬灯というワードに顔色を悪くしたまま、私の存在を確かめるように抱き締めた。
「……君が自分自身に優しく出来ないのなら代わりにおれが優しくしてあげてェんだ、なのに、君が危ねェ事をする度に怒鳴り散らしたくなる、いつか、君がおれを置いて行っちまうんじゃねェか、って戦闘の度に足が竦むんだ」
サンジは私の小指に自身の小指を絡める、あの日のように震えていない小指はグイッと強い力で私の小指を引き寄せる。
「死なねェって約束してくれ」
「死なせないって約束して」
走馬灯の中の私には一つ言えない台詞があった、台本にはちゃんと用意してあった筈なのにサンジを前にするとトリップなんて都合のいい設定が途端に邪魔になる。ただ一人のオリジナルキャラクターが口に出していいのか、何十回と飲み込んだ一つの台詞。
「サンジの事が好き」
だから、危ない目にあったら迎えに来て、それだけで単純な私は明日を生きようと思えるから。
この世界に私を唯一、縛り付けられるのはサンジだけだ。漫画の中で恋をした貴方だけ。