短編
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ふとした瞬間に幼い頃の思い出が頭を過ぎる、バラティエで過ごした幼少期はあったかくて、ほんの少しだけほろ苦い。
「もしも、このせかいにおんなのこが、わたしひとりだったらサンジはどうする?わたしをすきになってくれる?」
「お、おれは……っ、おまえなんてえらばない!」
はじめての恋とはじめての失恋はサンジが全て持っていってしまった、バッサリと私の恋心を否定したサンジは顔を赤くして直ぐに走って行ってしまったのを覚えている。追い掛けようとした私の体を突き飛ばして、来んな、と叫んだサンジ。
「……もう、いかないよ」
そこで初めてサンジに嫌われていた事を知った、今なら早めに知れて良かったね、と思えるが幼い私は自身の言った事を後悔した。自室のベッドに潜り込んで瞼が悲鳴を上げるくらいに泣いた私の顔は酷いものだった。
「……たとえ、死んでもおれは女は蹴らん、か」
嘘つき、私の事は突き飛ばした事も殴った事もあるでしょ、と嫌味を言いそうになる口を閉ざして治療されるサンジを壁に寄り掛かりながらボーッと見つめる。
「ったく、視線がうるせェ。邪魔だ、クソ女」
「あんたが無駄な怪我するから後がつかえてんのよ」
今だって鋭い視線がチョッパーの肩越しから覗いている、チョッパーは私達の口喧嘩に慣れているからか何も言わず、自身の仕事を全うしている。ストッパーがいない口喧嘩は売り言葉に買い言葉が止まらず、お互いの心を抉るような言葉しか出て来ない。
「っ、あっそ」
もう、いいよ、そう言って私はサンジを置いて、その場を飛び出した。勿論、サンジは言わなくても私を追い掛けたりはしない。きっと、今頃、清々した顔で私の悪口でもチョッパーに吹き込んでいるのだ。敵に抉られた皮膚よりも仲間に抉られた心の方が痛くて、誰もいない甲板で少しだけ泣いた。
「……こんなとこで寝てんな、クソ女」
起き抜けに暴言を吐かれても、私の体に掛かっている煙草の匂いがふんわりと香るジャケット一枚で嬉しくなってしまう私はチョロい。
「ジャケットありがと」
「別に……」
サンジの素っ気なさを知っている私からしたらメロリンモードのサンジはアイドルの表の顔のようだ、営業用とでも言えばいいのか、未だに少しだけ慣れない。サンジは煙草の煙を吐き出しながら、私の頬に貼られたガーゼの上を指でなぞる。
「何?」
「後悔ばっかだ」
後悔ってなに、と問い掛けた声は震えていた。だって、口喧嘩以外の会話なんてここ数年していないのだ。
「お前を選ばないって突き飛ばした事もお前を海賊にしちまった事も、お前に怪我させた事も後悔しかねェよ」
「今更ね」
「そ、おれはいつも遅ェんだ。お前の大切さに気付くのに何年も掛かっちまった」
これじゃ、まるで告白だ。戦闘中に頭でも打ったのだろうか、と失礼な事を考えていたら顔に出ていたらしい。
「ったく、冗談でこんなこと言わねェよ。それに、頭も打ってねェ」
「……何で私の言いたいこと分かるの?」
「お前を何年見てると思ってんだ、クソガキがクソ女になるまでだぜ?そりゃあ、嫌でも分かるさ」
私は上手い返しが見つからず、そっか、と無難な相槌を打った。
「ふは、そっか、って」
「だ、だって急なんだもん」
「……この、世界でおれ一人が男だとしても、おれはナマエを選ぶよ。お前はおれなんか嫌かもしれねェけど、おれはどんな世界でもお前がいい」
遅い、馬鹿、最低、クソ野郎、とありったけの暴言を吐き出す私の頬にサンジは触れるだけのキスをした。
「は?」
「ガキん時にお前が言ったんだろ、仲直りのキスは頬って」
「なんで、そんな事ばっかり……」
「ずっと仲直りしたかったから」
お前と、そう言って照れ臭そうに頬を掻くサンジを甲板に押し倒すと私はサンジの唇を奪う。
「恋人になりたいのキスは唇だよ、サンジ」
私は数年ぶりに好きな人の名前を呼んだ、お前でも、あんたでもない。はじめての恋とはじめての失恋、はじめての両思いを奪っていった男の名前だ。