短編
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グラスを傾けて、一杯、二杯、と可愛くないペースでグラスの中身を空にしていく私の横で自分のペースを崩さずに酒を飲む男、ツマミを口にするように口説き文句をペラペラと話す、この男の名前はサンジだ。ここ一週間、約束もしていないのに毎日決まった時間に人も疎らなバーにやって来ては私の隣に座る。
「今日も来たの」
「今日もナマエちゃんと飲めて幸せだなァ」
二日経つ頃には、この女好きにも慣れて、はいはい、と受け流せるようになっていた。それに軟派な性格に目を瞑れば、サンジは気の良い男だ。島の男のようにガサツで下品で女をセックスの道具のように扱ったりはしないし、言葉遣いは悪いが物言いは紳士的で話をしていても楽しいのだ、きっと、地頭がいいのだろう。
「それで、今日も名前と年齢以外は秘密なの?」
「っ、くく、秘密は嫌かい?なら、今日はナマエちゃんが当てたら、ちゃんと教えてあげる」
喉を慣らして笑うサンジは数日で私のプロフィールを把握したくせに、自分自身のプロフィールは名前と年齢しか明かさない。ミステリアスな男の方がモテるだろう、と隠し続けてきたくせにサンジは突然そんな事を口にする。
「……私に嘘は通じないわよ」
「おれはレディに嘘を付くくらいなら舌を噛み千切るよ」
そう言って舌をペロリと出して、冗談を口にするサンジ。言ったわね、と啖呵を切る私はカウンターにグラスを置くとサンジの余裕そうな表情を睨むように見つめる。
「はは、お手柔らかに」
絶対暴いてやるんだから、と意気込む私はきっと正気ではない。いつだってアルコールは人の知性を下げる。
「ホスト」
「ブブー、残念。だが、お姉様方に可愛がって貰うのは大好き♡」
「意外と仕立て屋とか?スーツ着てるし」
「ふふ、違いまーす。ナマエちゃんはスーツ着てる野郎って好きかな?」
あれだ、これだ、と忙しなく答えを口にする私の一つ一つの答えに律儀に答えていくサンジ。んー、と顎に手を置いて悩む私をニコニコ見つめては機嫌よくグラスを傾けている。
「ナマエちゃんにヒント、おれの仕事は人を生かす仕事。あ、ドクターではないよ。知り合いに優秀なのが一匹と一人いるけどね」
「……生かす、あ、食事って事?もしかして、コックさん?」
食べることは生きることだ、という言葉を耳にした事がある。だから、サンジが人を生かす仕事と口にした時に何故かコック姿のサンジが浮かんだのだ。
「せーかい♡」
「答えを聞くと、それしかありえないって気持ちになるわね。サンジって食べ方も綺麗だし、小さな声でブツブツ材料がどうのこうの言ってたりするし」
「……はは、後者は格好つかねェな」
そう言ってサンジは照れ臭そうに新しい煙草に火をつけて、口に咥える。それが何だか可愛らしくて、私はカウンターに肘をついてサンジの赤くなった横顔を眺めていた。
「また明日」
お互いそれを口にした事はない。だけど、私はそのまた明日が当たり前に来ると思っていたのだ。サンジの指と指の間で短くなっていく煙草を見つめながら、私は何杯目か分からないグラスを傾ける。
「サンジっていい人よね」
「突然だね」
「だって、酒代出してくれるもの」
クズの極みのような私の台詞がツボに入ったのか、サンジは腹を抱えて笑い出す。そして、灰皿に煙草を押し付けると空いた手で私の腕を掴み、自身の方に引き寄せた。体勢を崩した私はサンジの胸板に顔を埋める形で倒れ込み、サンジの長い腕が背中に回された。
「サンジ?酔っちゃった?」
サンジに抱き寄せられてるせいで周りの状況も自身の状況も分からない、顔を上げようにもコックにしては逞しすぎる腕が私を離してはくれない。
「ナマエちゃん」
「サンジ?」
「君にとってはいい人かもしれないが、これでも海賊なんだ。未来の海賊王のお抱えコックのサンジ、以後お見知りおきを」
「海賊が私に何の用で近付いたのかしら」
サンジは海賊でも略奪や殺しは似合わなそうだ、と思ってしまった私は先程と変わらないトーンでサンジに返事を返す。
「怖がったりしねェの……?」
「海賊でもサンジは人を生かす仕事なんでしょ」
「……うん、そうだよ。間違いねェ」
腕が緩んだ隙に顔を上げれば、笑うのに失敗したような不器用な顔がそこにあった。情けないわねぇ、とその両頬をぱちんと両手で挟んで、先程した質問を繰り返す。
「海賊が何の用だったの」
「……航海に君を連れていきたい、です」
「海賊への勧誘?」
「船に乗っちまったら必然的に海賊って括りになっちまうけど、おれとしては恋人として君を連れて行きてェ。ちなみに、皆に許可は既に貰った」
駄目かなァ、と視線をあちらこちらに動かして潤んだ瞳で私をチラチラと見るサンジ。そんなサンジの顔から手を離して私は自身の鞄からある紙を取り出す、ボロボロに折り込まれたそれはサンジにも話していない私の秘密だ。
「元海賊、一応そこそこの賞金首、あんまり血生臭いやり方は好きじゃないから体術なんだけどサンジは何で戦うの?フライパンとか?」
私は固まるサンジの胸元に寄り添って、ミステリアスな女もモテるでしょ、と悪戯に笑うのだった。