短編
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能力者は海に嫌われる、それはこの世界の常識だった。そこまでして悪魔の実を食べたいか、と聞かれても、私には選択肢が無かったから分からないとしか答えられない。生きるか死ぬか、の選択を迫られたら大抵の人間が頷いてしまうのは仕方ない事だろう。そして、気付いた時には海に嫌われ、世界にも嫌われるお尋ね者の海賊になっていた。
だけど、時々、海に潜りたくなるのだ。今日なら人魚のように上手く泳げるかもしれないと謎の自信が芽生えて、歯止めが効かなくなる。私は靴を脱いで、見様見真似のフォームで海に飛び込む。海面に叩き付けられる前に見た光景はサンジが真っ青な顔で煙草を落とす場面だった。これで、私はきっと大丈夫。
今日も人魚になれなかった私はサンジというヒレを使って海面から顔を出す。
「死ぬかと思った」
そう言って笑った私を無言で抱き上げてサンジは船の甲板に降り立つ。ジャケットを脱いで、革靴も脱ぎ捨てたサンジはうねった金色の髪から水滴をポタポタこぼしながら、力なく倒れる私の上に跨った。逃げ場を失くした私はサンジの反応を伺いながら、その泣きそうな真っ青な顔を撫でる。
「君は死にたいのか」
サンジの声帯から知らない音がする、普段の温厚で優しい音を鳴らすサンジの声からは想像が出来ないような感情が欠落した音。私は首を横に振って、サンジの言葉を否定する。
「ただ、今日は上手く泳げる気がしたの」
人魚みたいに海に潜って、と幻想を口にする私はサンジからどう見えているのだろう。
「……君が海に溶けちまうんじゃねェかって思った」
おれの手が届かねェ場所で泡にならないでくれ、とサンジは私のシャツに顔を埋めた。水を含んで張り付いたシャツに、また、ぽとり、ぽとり、と塩辛い水滴が落ちた。
「海に落ちたら死ぬって分かってた。だから、ちゃんと前は気を付けてたんだよ」
一人で海に投げ出された時、海が嫌いになるほど怖かった、と口にする。
「っ、なら、どうして」
「……どこにいても、サンジが迎えに来てくれるから。海から見るサンジってね、星が落ちて来たみたいに綺麗なんだよ」
そう言ってサンジの金髪に指を通せば、サンジの顔に少しの赤みが戻る。海水のせいで指通りが悪くなってしまった金髪からは止めどなく水滴が落ち、私の顔を濡らす。その水滴ですら、私を弱体化させるには十分だ。
君の前世は人魚だったのかもね、と話すサンジは私の上から体を退かして横にビショ濡れのまま寝転ぶ。視線は雲が浮かぶ空に向けられている、果てしなく広い青に手を伸ばすサンジ。その光景に目を奪われていれば、視線がこちらを向く。
「おれが君を運ぶから」
「へ」
「一緒に空を泳いでみるのは、どう?」
あの眩い青の方が君にお似合いだ、とサンジはもう一度、空を見上げる。
「……そんなロマンチックなデートははじめて」
「君のはじめてをもらえるなんて、おれはつくづく運のいい男だ」
大袈裟なサンジの言葉にくすくすと笑みをこぼせば、サンジの腕に引き寄せられる。甲板の上でビショ濡れで抱き合う私達、まるで嵐の後のようだ。
「……みんなには嵐が来たって言おうよ」
「っ、くく、ナミさんにはバレちまうよ」
内緒話をするように小声で顔を近付ける私達、鼻と鼻が触れてしまうような距離だ。サンジは私を壊れ物のように触ると、生きている事を実感するようにぎゅっともう一度、抱き寄せた。
「君が泡にならなくて良かった」