短編
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付き合って数カ月、年の差と同じように二人の距離は中々縮まらない。年齢差は仕方ないが年齢のせいで彼女に遠慮されてしまうのはサンジにとっては面白くない、お互いの間に見えない壁があるのなら蹴飛ばして壊してやりたいし、彼女が遠慮するのならその分グイグイとその手をこちらに引いてしまいたい。大人らしくドンと構えて待つ余裕なんてサンジには無い、あるのは年若い彼女への重い愛だけだ。
「って事で、サンジくんって呼んで♡」
目の前の彼女は呆れた表情でサンジを見る、語尾のハートマークを手で払い落とすような仕草をしてサンジさんと堅い声でサンジの名を呼ぶ。それにワザとつんとすまし顔をしてサンジはまるで聞こえていないように振る舞う。
「サンジさんってば」
「……」
「あ、可愛い彼女をシカトですか?」
こういう時ばかり遠慮が無くなる彼女にサンジはつい眉を下げる。可愛くて困っちまうよ、本当、と本音が口からこぼれ、彼女の真っ直ぐ過ぎる視線に自身の視線を絡めるサンジ。
「可愛い彼女さんはサンジくんって呼んでくれねェの?」
「年上、だし」
「理由はそれだけかい?」
君だけの為にタイムマシーンでも用意しようか、とサンジは非現実的な事を真面目な顔で提案する。そんなこと出来るわけない、と否定した所でサンジが次の手を提案してくるのは目に見えている。
「……緊張するからやだ」
「はは、緊張と来たか。おれも年若ェお嬢さんにサンジくんって呼ばれたらドキドキしちまうからお揃いだね」
彼女は呆れと照れが混じったような表情でカップに入った珈琲の水面に視線を落とす、目の前に座る年上の恋人から降り注ぐ甘過ぎる視線にブラックを頼んだ数分前の自身に心の中で拍手を送る。これがカフェオレだったら今頃、胸焼けを起こしていた筈だ。
「正直呼び方なんて何でもいいんだよ、君の可愛らしい声で呼ばれるならもうマユゲでも何でも構わねェよ」
「……まゆげ」
「やっぱり無し」
「ふふ、嘘だよ」
ごめんね、そう言って彼女は笑いを噛み殺したような不自然な表情で両手を顔の前で合わせた。普段もこうやって年齢なんて関係無くおれを振り回してくれればいいのに、とサンジは小さく息を吐いて珈琲が入ったカップに口付ける。
「サンジさん」
「はぁい」
「サンジくん」
「へ」
「どう?」
どうとは、そんな野暮な返しはしない。サンジは自身の胸を押さえると彼女に向かってこう口にした。
「君に聞かせるには賑やか過ぎるくらいだよ、今すぐ飛び出そうだ」
「面白い冗談」
「冗談なもんか、おれの心臓は君次第でどうとでもなるよ」
止まることも動くことも、そう言ってサンジは穏やかな笑みを浮かべる。それに対して彼女は舌をべーっと覗かして、重い、とサンジを一刀両断する。
「今更気付いた?」
「うん」
「おれの愛は重くて深ェの」
「海みたい」
「溺れねェようにね」
溺れてくれ、と副音声が聞こえてくるのは彼女の空耳かサンジの漏れ出た本音か。彼女はサンジの海のような瞳を見つめながら、人工呼吸という名のキスが横行する未来に肩を竦めるのだった。