短編
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
本日のミッションはサンジくんの目を盗み、サンジくんのスーツを拝借し、世間でいう彼シャツをするだけの任務。
「……彼シャツっつーか彼氏の服着てる子って可愛いよな」
きっと、その言葉に深い意味は無い。二人で読んでいた雑誌にたまたま載っていた特集を見ながらサンジくんはそう言って興味深そうにしていた。私達二人にはそこそこの年齢差があり、サンジくんの私服といえば八割がカチっとしたスーツだ。私にはどうやってもサンジくんの服を着こなす自身が無い、シャツ一枚にしてもタグを見れば私には手が出せないようなブランド名が書いてある。ちんちくりんとまではいかないが、それを着て雑誌に載っている彼女のようにデートに行く勇気は無い。それでもサンジくんに喜んで欲しい気持ちは消えない、サンジくんの口から可愛いを引き出したい気持ちだって勿論ある。なら、家の中だけだったらどうだろう。サンジくん以外に見せる必要も無い、似合っていなくてもサンジくんは嗤ったりしない。君には大きいんじゃねェかな、と凄く凄く遠回りをして似合わない事を伝えてくれる筈だ。
サンジくんのブルーのシャツを自身の体に合わせてみれば随分と大きい、本人は若い頃よりも筋肉量が落ちたと顔を顰めていたが誤差の範囲だろう。厚い胸板に太い腕、甘い顔立ちとは違ってワイルドな体はハリウッド俳優のような肉体美だ。好奇心からシャツに袖を通せば、手は隠されてブラブラと袖が踊っている。裾だって太腿よりも長い、オーバーサイズが流行っているとはいえ、鏡に映っている私の格好は何とも情けない。
「サンジくんおっきいなぁ」
帰宅途中であろうサンジくんを思い浮かべながら、私はニヤけた口元を袖で隠す。
「あれ?」
そして、ある事に気付いた。シャツからサンジくんの香りがしないのだ、煙草と香水の香りがしないシャツに少しだけ切なくなる。自身を抱き締めてくれるいつもの香りがしないシャツからは当たり前のように洗剤と柔軟剤の香りしかしない、それだって清潔感があって嫌いではない。なのに、違和感が凄いのだ。
クンクンと犬のようにサンジくんのシャツを嗅いでいれば部屋のドアがガチャリと開く。しまった、と前を隠そうとしても手元にあるのはサンジくんのジャケットだけだ。シャツを脱ぐにも中は下着一枚、絶体絶命のような気持ちでサンジくんを見上げれば想像と違う表情でこちらを見ていた。
「……加齢臭とか、してましたか」
「へ」
「嗅いでたでしょ、今」
首を勢い良く左右に振り、サンジくんの言葉を否定する。嗅いでいたのは事実だが加齢臭なんてありえない、それこそサンジくんには無縁の言葉だろう。
「おれも繊細な年頃なんでね、年若いお嬢さんに臭ェなんて言われたら泣いちまうとこだったよ」
「煙草臭い」
「エッ」
「嘘」
「……嘘つくなんて悪ィ子だね」
そう言ってサンジくんは私の体を抱き上げてベッドに腰掛ける、私が着ている自身のシャツに視線を向けるとニヤリと片方の口角を上げた。
「随分といいカッコしてどうしたの」
もう、ここまで来たらスルーしてくれたらいいのにサンジくんは見逃してくれないらしい。
「……彼氏の服着てる子は可愛いんでしょ」
「君なら毎日可愛いけど」
私の顔を覗き込みながらサンジくんはそう口にする。そういう話をしているわけじゃないのにそんな優しい笑みを向けられたら否定なんて出来ない。
「あの時もそう思ってたよ、可愛い君がおれのスーツなんて着たりしたら死んじまうかもしれねェって」
今だって心臓が飛び出そうだ、とサンジくんは自身の胸を押さえる。相変わらずのオーバーな愛情表現、締まらない顔でこちらを見つめているサンジくんに対して私はだらしない顔というのはこういう顔を指すのだろうと一人納得する。
「その顔、だめ」
「君が可愛さを緩めてくれたら直るかもね」
「緩めるって何」
「もう直らねェって事」
君が可愛くねェ日なんて一日たりともある筈がねェから、そう言ってサンジくんは私をギュッと抱き締めた。煙草と香水の香りがふわりと私を包み込む。先程までの違和感はもう感じなかった。