短編
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例年の何倍という言葉も聞き飽きた、車のボディに張り付く黄色の粉を見ればそんなのは一目瞭然だ。マスクの下では鼻水をズビズビと啜り、鼻の下を真っ赤に染めている。値段が張る柔らかなティッシュを使った所で何度もかんでは拭いてを繰り返していれば肌への負担は大きい、ムズムズ、痒い、痛い、そう嘆いた所で花粉症が治まるわけでもない。それに横を見れば自身よりも重症の恋人が目を真っ赤にしている、普段だったらその片目は重い前髪で隠されているのに春の時期だけはそれが家限定で崩れるのだ。ヘアバンドやダッカールピンで無造作に上げられた前髪は普段のサンジよりも少しだけやんちゃな雰囲気があり、この苦しい春の唯一のご褒美と言っても過言では無い。
「それは大袈裟じゃねェかな……?」
私の熱弁にサンジは照れ臭そうに頬を掻いた、花粉の影響でガラついた低音はいつもよりも低くて少しだけドキドキする。本人は鼻声が気になるのか、数回咳払いをしてチューニングを合わせるようにあー、あーと声を出す。
「だってレアだもの」
恋人同士だから勿論、一緒に入浴した事もあればベッドで乱れた髪を見た事もある。だが、四六時中サンジの両の目が私を映すのはこの時期だけなのだ。
「んふ、かっこいい」
目は兎のように赤くなってしまっているし垂れた目元は少しだけ厚ぼったくなっている、鼻の下だって髭の隙間はティッシュが擦れて赤くなっている。なのに、気持ち悪い笑みがこぼれてしまうくらいにはかっこいい。
「フィルターでも掛かってる?今のおれ、結構ひどい顔してるよね?」
サンジは私の花粉でやられた目元を覗き込みながら、これは何本に見える?と指をピースにして私の目の前で振る。
「花粉のせいでもフィルターでもないよ」
それに掻くとサンジが怒る、とジト目でサンジを見上げればサンジの右手が頭をポンポンと撫でる。
「傷付いちまうから駄目だよ」
「過保護」
「いつまでも君の瞳に映っていたいから大事にしてね」
普段だったら甘くて胃もたれを起こしそうになるサンジの台詞もやけにかっこよく聞こえる。
「恐るべき両目マジック」
「っ、くく、何それ」
「サンジがやけにかっこよく見えてビックリしてるの」
これでは普段のサンジが微妙だと言っているみたいだ、私は失礼な物言いを撤回しようとするがそれを止めたのはサンジの穏やかな笑みだった。
「なァ、それってさ、恋みてェだね」
「こい」
「君の目におれだけフィルターが掛かったみてェに格好良くイケメンに映っちまうのは恋だろ」
「……そこまでは言ってない」
「あ、まだ、正気に戻んねェで……!」
先程までのかっこよさは何処に行ったのか、サンジはワタワタと慌てたようにキメ顔をしたりホストのような甘い言葉を口にしたり騒がしく私にアピールする。甘い言葉はサンジのタイミングの良い豪快なクシャミによってかき消され、サンジはティッシュを鼻に当てながら悔しそうに言葉を吐き出す。
「チッ……なんて空気の読めねェクシャミだ」
ティッシュを丸めながら顔を顰めるサンジ、そんな何て事のない日常を見つめながら私はくすりと笑みをこぼす。
「頭が春なのかも」
春のように恋に浮かれた脳内、一人だけに掛かったフィルター。桜色のフィルターで今日もサンジを映す、毎日満開の愛を降らしてくれる目を真っ赤にした恋人に心のシャッターを押した。