短編
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いつかは案外近くにある、いつか海賊をやめる日が来る。それが少しだけ早まっただけだ、と自身に言い聞かせた所で本心は別にある。みんなといたかった、サンジがオールブルーを見つける瞬間を目に焼き付けたかった、サンジの料理をもっと味わっておけば良かった、サンジに愛してると言えば良かった。ここで一人タラレバを吐いたって余所余所しい使用人は部屋を出て行かないし実家が爆発する事も無い、そして私が結婚する事実だって変わらない。名前しか知らない何処かの王子様と誓いのキスをするんだって、とサンジに伝えたらサンジは傷付いてくれるだろうか。それとも、もう代わりを見つけた?実家という籠の中にいると悪い方向にしか思考が向かなくて嫌になる、籠には息を吸う穴すら開いていないようだ。
「いつか、海賊じゃなくなる日が来るとするでしょ」
「あァ」
「サンジは何をするの」
「おれかい?君とレストランでもしようかな……あ!でも、君は野郎の接客はしなくていいからね!?」
「お客様の差別は良くないわよ、オーナー」
差別じゃなくて区別だよ、と笑ったサンジの未来予想図には私がちゃんと組み込まれていた。まるで未来がすぐそこにあるかのようにサンジはポンポンと私との生活を口にした、おはようのチューから朝は始まって、サンジの作る美味しい朝食に弾む会話。そんな当たり前が眩しくて、私は未来が楽しみだった。なのに現実は随分と私に厳しい。未来は突然バッドエンドルートに舵を切った、サンジがいない未来に。
不躾な視線に晒されながら私はヴァージンロードを歩く、そんな視線を向けるなら私じゃなくてもいいんじゃないのか、と思いつつ花嫁らしく作り笑顔で未来の旦那もどきに視線を向ければ、これまた気持ち悪い笑みが返ってくる。一歩、歩みを進めればウェディングドレスの裾が床に触る。ふわり、ふわり、と揺れるウェディングドレスは私には似合わない色、ナミが見たらセンスが無いわねと鼻で笑うかもしれない。それに対して、だよね、と笑っていた数週間前が眩しくて遠い。もう会う事はきっとない、手配書で一方的に会う事すらもう許されないかもしれない。一歩、二歩、あと数歩でヴァージンロードの終わりが来る。
「(……サンジだったら、この時点で泣くんでしょうね)」
君が綺麗過ぎて、そんな甘い言葉を口にしながら祭壇の前で滝のような涙を流すサンジ。
「(私は、そんな未来が欲しかった)」
綺麗に彩られた唇を噛む、こんな状態で笑顔なんて作れる筈が無かったのだ。利口に幸せな花嫁を演じるなんて馬鹿馬鹿しくて今すぐにでもウェディングドレスを脱いで逃げ出してしまいたい。
その願いが届いたのか、私の前に見知った顔が現れた。何度も頭に浮かべていた、離れてから一日たりとも思い出さない日は無かった。震える声帯でサンジの名前を呼べば、柔らかな声が降ってくる。
「花嫁には笑顔が一番だよ、レディ」
口元に両手をやり、人差し指を立てると自身の口角を上げるサンジ。笑顔、笑顔なんて場違いにも程がある気の抜けた声に私はどうにか返事を返す。
「……っ、は、なんで」
「約束しただろ?」
「男は接客しちゃ、だめ」
「ん、ちゃんと覚えてて良い子」
周りの騒音なんて何も入ってこない、祭壇の前に立つ男が口汚く何かを言っているが私の聴覚も視力も全て目の前に現れたサンジに集中している。
「君がいない未来はいらないよ」
「……私がいなくても明日は来るわ」
「明日も明後日も君がいないなんて考えたくもないね」
サンジは柔らかな笑みを崩す事なく、向かってくる兵を蹴り飛ばす。後ろでは仲間の闘っている音がする、式場だって数十分もすれば崩れてしまいそうだ。
「ねぇ、サンジ」
「ん?」
「逃げてくれる?」
一緒に、そう言い切る前に私の体はふわりと宙に浮いた。サンジがその長い腕で私を抱き上げたのだ。
「おれは君を助けに来たんじゃねェよ、奪いに来たんだ」
「海賊みたい」
「君だって海賊だろ」
いつかは案外近くにある、いつか海賊をやめる日が来る。それでも、隣にはサンジがいて欲しい。
「君は麦わらの一味でおれの恋人」
そして未来のマイスイートハニー、そう口にしたサンジはあの時と変わらず、その未来を疑ってはいなかった。
「だからね、自由に生きていいんだよ。君には鳥籠は似合わない」
それにこのウェディングドレスも、そう言ってサンジは旦那になる予定だった男に視線を向ける。
「趣味が悪ィ男はモテねェぜ?」
私を縛り付ける籠は私が思っていたよりもどうやら簡単に崩れるらしい、男は気付いたらサンジの足技によって床に沈められている。
「それに弱ェ男もね」
煽るような一言はもう男の耳には届いていない、サンジは静かになったヴァージンロードの上に私を立たせると腕を差し出してくる。
「おれたちの船に帰ろうか、レディ」
「えぇ、そうね」
未来のマイスイートダーリン、そう言って私は身に纏っていた趣味の悪いウェディングドレスの裾を裂く。歩き辛いだけのお飾りなんて必要ない、私はサンジの腕に自身の腕を絡ませてこの足で未来を歩いて行くのだった。