短編
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ぽつぽつと降る雨には気付いていた、だが、今はそれよりも手元の本に集中していたかった。それにこのぐらいの雨なら問題無いだろうと高を括っていたのだ、少しばかり走れば大丈夫だ、と。今はそんな数十分前の自分自身を怒鳴りつけたくなる、小説のラストシーンが終わるのと同時に聞こえた地面を叩き付けるような雨音に顔を顰める。船まで戻る手段はこれで完璧に無くなった、この中を猛ダッシュで帰る事も出来るが明日の私がどうなるか分からない。
俯いた私の視界に見覚えのある革靴が入った、こんな場所に突っ立っている私はきっと他の客には邪魔だろう。すみませんと顔を上げた私の目の前には眉を下げてこちらを心配そうに見つめるサンジがいた。
「どうしたの?体調悪ィ?」
「……サンジ」
「そうだよ、君のサンジくんがお迎えに上がりました」
優雅に腰を折るとサンジは私に手を差し出す、そして逆の手には大きな蝙蝠傘が握られている。
「冷えちまってる……」
「サンジだって冷たいわ」
サンジのスラックスの裾は雨に濡れて色が変わっている、きっと船からここまで中々戻って来ない私を心配して走って来てくれたのだろう。
「早く戻ろっか」
サンジに手を引かれながら外に出るが、サンジの手元には傘は一本しか無い。
「サンジ、傘って一本しか無いの?」
「あ、やべ……忘れちまった、君が濡れてたらどうしようと思ってさ、急いで出て来たんだ」
ごめんね、と眉を下げるサンジに怒りなんて湧かなかった。寧ろ、一本しか持って来ていない理由に愛しさを感じている程だ。
「気にしないで」
私は首を横に振って、サンジの開いた傘の中にお邪魔する。水溜りを避けながら歩調を合わせてくれるサンジに胸がきゅんと音を立てる。豪雨の中わざわざ探しに出て、おろしたてのスーツを雨で濡らして、さりげなく歩調まで合わせてくれるサンジは恋人としても満点だし人間としても出来過ぎている。
何もしないのは気が引けて、傘を持つ役を買って出ようと思ったがやめた。サンジとの身長差を考えれば、きっとサンジが差す方がお互いに楽だろう。内側の骨に気を付けながらサンジが身を屈めるような窮屈さだって無い。
「っくしゅ」
「帰ったら風呂直行ね」
「……サンジもね」
「あら、大胆」
「それ何キャラ」
分かんねェ、そう言ってケラケラと笑うサンジに私もつられて笑ってしまう。先程まで雨に萎えて俯いていた気持ちが太陽を探すように上を向く。
「……ナマエちゃん、おれさ、君に一個だけ嘘ついた」
「なぁに」
サンジの嘘ならきっと優しい嘘だ、黙っていれば気付かないような嘘。なのに、わざわざ自己申告とはどんな嘘なのだろうか。
「傘、わざと忘れたんだ」
どうして、そんな嘘をついたのだろうか。ワケが分からなくて瞬きを繰り返してサンジを見上げる事しか出来ない。サンジは私の腰を抱いて、雨音に邪魔されないように私の耳元に顔を近付ける。
「君とくっつけるチャンスだから」
「は」
「嘘つきでごめんね?レディ」
さらり、とサンジは私の頭を撫でて妖艶な笑みを浮かべた。色気に当てたれた私に追い打ちを掛けるようにサンジは雨に降られたせいで素肌に張り付いてしまったシャツの首元を緩めるのだった。