短編
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悲劇はフィクションだから面白い、ノンフィクションだったら勿論喜劇が良い。そう言った私にサンジは、君とだったら悲劇もきっといつか喜劇になるよ、と穏やかな笑みを向けた。そんな小さな想い出を自身の脳内から掬い出しては空を見上げる、遠く離れた場所できっと間違った選択をしてしまうサンジに思いを馳せては、その選択はサンジにとって悲劇と喜劇どっちなのだろうかと頭を悩ませる。サンジはきっと戻らない、戻れない理由があるのだろう。
「サンジはスーツの下に沢山の秘密を隠してるのね」
「はは、君には何一つ隠してねェよ、特にこのクソデカイ恋心とかね」
「はいはい」
「君は隠し事が下手だね、レディ」
ほっぺが薔薇色だ、と愛おしげに私の頬を優しく摘んだサンジに私は何と返事をしたのだろうか、サンジの言葉は一字一句覚えているのに自身の言葉は所々空白のようだ。
月の夜はおれを思い出して、そう言ってサンジは戯けるようにして自身の金色を摘んだ。
「ほら、月みてェだろ?」
「(……そんな事を言うなら置いて行かないで)」
私だけに伝えられた別れの言葉はそれだった、買い出しの数時間のお別れだったら良かったのにそれはもう数日に及んでいる。無意識に伸ばした腕はサンジの残像すら掴めず、頭上にある月にも届かない。今までだったら手を伸ばす前に腰を抱かれて、サンジのテリトリーに気付いたら入れられてた。だから、自身から手を伸ばした事も手が届かなかった経験もない私はこの数日で戸惑う事ばかりだ。
はいはい、と頭を下げたまま身を小さくするサンジは私の数日間の悲劇という名の小言を一身に受けている。ホールケーキアイランドを出るまで我慢していた小言は止まる事なく、涙と一緒に惨めな程にこぼれ落ちて行く。
「サンジがいてくれないと返せないじゃない……!」
「はい……ん?」
「今まで貰った愛の返し場所が分からなくなるわ」
「へ、返品って事……?」
途端に悲劇のヒロインのように顔をぐしゃりと濡らすサンジの額を指で弾く、随分とマイナス思考になってしまったサンジは負の連鎖のように私達のありもしない終わりを想像しては床に水溜りを作る。人間の体の半分以上は水だと言うがこれ以上無駄にするのは勿体無い。
「あなたを愛させて、そして理解して」
帰る場所を違えないで、と私は矢継ぎ早に口にした。
「……っ、君やナミさんを傷付けて、ルフィ達にも酷い事をした。だけどさ、おかえりって言われて馬鹿みてェに嬉しかったんだ。ここが家だって、君の隣がおれの場所だって、まだちゃんとおれは麦わらのコックだって安心しちまった」
「おかえり、サンジ」
「……ただいま、おれの太陽」
「ふふ、湿気た面を照らしてあげるわよ」
そう言って私はサンジに手を伸ばす。涙も鼻水も気にせずに私だけの月を抱き寄せて、数日の悲劇を喜劇に変えるのだった。