短編
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人間だから駄目な日もある、人と笑い合っていても孤独だと感じる日がある。何処に行っても私の居場所が無い気がして宛もなく彷徨いたくなる日がある、その度に知らない土地行きの切符を買って逃亡を繰り返す。何者でもない私が突然、消え去っても時計の針は普段通りに回り続け、季節は私を無視して流れていく。電車の窓に映る景色をボーッと流し見するように見つめていれば、ポケットに入れていたスマートフォンのバイブが鳴る。
「(……電源を落としておけば良かった)」
チラリと覗いた画面には何件かのメッセージが届いていた、詳しい内容は見ていないがメッセージの送り主は全て恋人だ。朝は普通に家を出た、いってきます、いってらっしゃのキスをして、ちゃんといつも通りの私を何食わぬ顔で演じてきた。
見知った景色は鮮やかに見知らぬ土地に変身していく、このまま私自身も見知らぬ誰に変身出来ればいいのに。強くて、何者にでもなれるスーパーガールに。そんな無い物ねだりを抱えた私を乗せて電車は終点駅に着く、フラフラと扉から出た私は改札を抜けてサンジから届いたメッセージに目を通す。
『今日はどこまで散歩に出掛けたんだい?』
『可愛過ぎて誘拐されてたりしないよな?』
『君にはやく会いてェんだけど、どこに行ったら会える?』
既読を付けた途端に送られてくる嵐のようなメッセージについ苦笑がこぼれる。一つ一つに返していたら時間がいくらあっても足りないな、と。
一枚写真を撮る、画面上には私の気の抜けた顔とコソっと写り込む駅の看板。サンジから来る怒涛のメッセージの下にその写真を貼り付けて、一言添える。
『ここはどこでしょうかー?』
『また随分と遠くまで行ったね』
きっと今頃、車のキーを持って玄関を飛び出しているのだろう。怒るわけでも咎めるわけでもない文章に私の肩から力が抜ける、サンジはやっぱり優しい。
私は店に入る気が起きずに肌寒い中、駅の外にあるベンチに座っている。一本、また一本と電車を見送って、時々サンジから送られてくるメッセージに目を通しては既読だけを付けていく私。こういう日はSNSを開く気にもならない、音楽で耳を塞ぐ気にもならずに曇り空をボーッと眺めては時間を無駄にしていく。
「麗しのレディ、あなたのサンジがお迎えに上がりました」
曇り空に金色が飛び込んで来る、暖かい笑顔で私の冷えた手をギュッと握るサンジ。
「あ、もう、また!こんなに冷やして!」
何処に行っていたとか何でこんな事をしただとか予想していた言葉は何一つ降ってこない、私に掛けられる言葉は暖かな心配と柔らかな愛が詰まった言葉達だけだ。
「ナマエちゃん」
「ん」
「おれはね、君がいないとポンコツなんだ」
「突然どうしたの」
「んー、ただ知ってて欲しいなって」
君がいないと駄目な男がここに居る事を、そう言ってサンジは私の手を引いて歩き出した。
「駐車場はそっちじゃないわ」
「こんな所まで来てお散歩だけっつーのは味気ねェからさ、デートしませんか?レディ」
「ふふ、もう歩いてるじゃない」
人間だから駄目な日もある、人と笑い合っていても孤独だと感じる日がある。何処に行っても私の居場所が無い気がして宛もなく彷徨いたくなる日がある、その度に知らない土地に迎えに来てくれるサンジがいる。暖かい笑みで私の曇った心に光を灯して、臆病な私の手を握り連れ出してくれる人。あなたがいるから私はまた笑えるのだ。