短編
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数ヶ月に一度、絶望的に夢見が悪い日がある。何が原因かと聞かれても理由が思い当たらなくて困ってしまうが、いつも恋人絡みだ。サンジにいらないと捨てられる夢、自身の元からサンジがいなくなる夢、それから私を庇ってサンジが海賊を続けられなくなる夢。どれか一つ正夢になるとしたら後者だけはやめてくれ、と私は真っ青な顔を洗い流すように冷水に顔を沈めた。船上の朝の冷たさは氷のようだ、身を刺すような冷たさ。そんな状態で冷水を被っている私は誰から見ても異常だ、朝食を準備するサンジよりも先に風呂場に忍び込み自殺行為のように冷水を頭から被り、現実に頭を戻すのだ。心が悪夢に引っ張られないように、と。それでもサンジを見る度に心がへしゃげた音がする、そして何も知らずに愛の言葉を重ねるサンジの本心に疑惑の目を向けるのだ。
「(……それは本心?それとも、台本が用意してある?)」
いけないと分かっていても悪夢は正常な判断を鈍らせる、どれだけ洗い流しても些細なキッカケでまた温度を取り戻す。
髪を乾かすのも億劫で、つい脱衣場の椅子に座り込んでしまった。まだ暖かい時期とは言い難いこの時期にこんな事をしていたら風邪でも引きそうだ。一つ溜息をこぼしてドライヤーに手を伸ばせば、後ろから温かな手が伸びてくる。
「風邪引いちまうよ」
「……サンジ」
「朝風呂は気持ち良かったかい?」
サンジは慣れた手付きで私の髪にブラシを通すと綺麗に分け目を作り、ブロックごとに髪を乾かしていく。
「自分でするのに」
「いいの、いいの。レディは休んでて」
髪に触れたサンジならきっとこの異常に気付いただろう、風呂上がりだというのに冷えきった体、ドライヤーもせずに俯いた恋人。優しいサンジならきっと見逃せない。
ドライヤーの騒音に掻き消されない程度の声量でサンジは私にこう言った。ひとりぼっちになっちゃ駄目だよ、と。
「ま、しんどい時に一人になりたくなる気持ちも分からなくもねェけどね。ただ、この船にはおれっていうお節介な恋人も乗ってんだ、君の望み通りにはしてやれねェな」
残念だったね、と他人事のようなまとめ方をしたサンジはそれ以上、何も言ってこない。私の何も発さない口が沈黙を破るのをジッと待つようにドライヤーを動かすサンジ。
「たまに夢を見るの」
「……良い夢だったらそんな顔はしねェな」
「全部サンジ絡み、今日は私を庇って瀕死の重体、黒足は引退」
口に出すだけで身体が経験したかのように震える、サンジの下に広がるのは血だまりではなく影と分かっているのについ目を逸らしてしまう。
「夢のおれは君をちゃんと守れたんだね」
なら、いいや、とサンジはあっけらかんとした様子でそう答える。
「……何も良くない」
「君が怪我しなくて良かったって心底思ってるよ、それに現実のおれはこの通りピンピンしてるし、おれは君が思っているよりも強欲だ。オールブルーを見つけるまでは絶対ェ下船なんてしねェ、脚が動かねェってんならフランキーに改造でもしてもらうよ。君の横を歩く新しい脚さ、歩幅って頼んだら一緒に出来たりしねェかな?君と同じ歩幅で君とデートするんだ」
楽観的な意見に私は目を丸くする、私だけではこんな考え方は一生出来ない。
「おれがいねェ未来に君を置いて行ったりしねェからさ、大丈夫だよ」
不確かな未来の約束は苦手だ、破れた時が怖いから。
「おれを信じて」
「信じる」
なのに、口から出た返事はそれと真逆の希望を望むものだった。