短編
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お嬢さん」
この女の情報を買わせてくれないかい、そう言って金髪の男はある女の名前を口にした。その名前に私は目を見開く、同姓同名では無い限り、その名前が自分自身のもので間違い無いからだ。そして残念な事に生まれてこの方、同じ名前の人間とは会った事が無い。私はメモに書かれた自身の名前を指でなぞりながら、動揺を隠すように声を抑えて問い掛ける。
「おいたでもするつもり?黒足のサンジ」
麦わらの一味は善良な海賊って話だけど、そう言ってメモを突き返せば、小窓の向こうにいる男は肩を震わせる。おいたねェ、と含みのある低音がぞわりと鼓膜に届く。
「私的な用なもんでね、おれと君だけの秘密にしてくれると助かるよ」
男側からは私の顔が見えていない事をいい事に顔を盛大に引き攣らせる、目の前の男からは面倒事の匂いがプンプンするのだ。長年こういう仕事をしていると諦めの悪い客、悪く言えばしつこい客は勘で分かる。この男もそうだ、と情報屋の勘が先程から警告を鳴らしている。
「情報を本人から買うのなんて初めてで緊張しちまう」
そう言って男は片手をスラックスのポケットに入れたまま煙草の煙を燻らせる。
「……勘違いしねェで欲しいんだが危害を加えるつもりはねェよ」
特徴的な眉毛をハの字にして善人面でこちらを見つめる男に慎重に言葉を選びながら返事を返す。
「どこで名前を」
「秘密のルートで♡」
「はい、さよなら」
またのご利用を、とそのいけ好かない顔にメモを押し付ければ男は先程の余裕をかなぐり捨てて矢継ぎ早に話し出す。
「君に一目惚れしたんだ……!」
三日前に、と男は言う。三日前と言われても私には覚えが無い。
「あなたの手配書しか見た事ないわ」
「……あー、あの手配書は忘れてくれねェかな」
「鼻の下が伸びてて良かったわよ」
フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らせば、男はガックリと肩を落とした。厄介な人間に捕まった、と思ってしまうのは仕方ない事だろう。何を見て一目惚れなんてしたのだろうか。
「一目惚れなんて物好きよ、何も知らないのに……」
「だから、君を知りたいんだよ。何が好きで嫌いか、男の好みでも何でもいい。顔だって見せたくねェなら、そのままでいい」
「……あなたみたいな男は好みじゃないわ」
「はは、なら好かれるように努力するよ」
私のハッキリした拒絶に、気持ちが良い程にバッサリだね、と笑う男は何を思ったのかポケットから財布を取り出した。この情報が男が本当に欲しい情報だとしても金銭が発生する程の情報ではない、情報屋としてのプライドがそれを許さない。
「情報料は受け取れないわ、何も渡していないもの」
「素の君が見れた」
そう言って男は情報料にしてはやけに多い金を置いていく。数日この島に滞在する事、明日もここにやってくる事、勝手に一人盛り上がっては約束を取り付けるように話し出す男。そして、男は最後にこう言って笑った。
「海賊って言ったら君は何を思い浮かべる?」
「いきなり何」
「おれは君が知ってる通り海賊だ、だからね、奪うよ」
ちゃあんとね、そう口にして男は去って行く。私はその後ろ姿を見つめながら明日からの煩い日常を想像して顔を盛大に顰めるのだった。