短編
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「サンジの好きなように切って」
手慣れた人参のカットとは違う、サンジの手に握られているのは馴染みの包丁でもない。ヘアカット用のカットバサミだ。鏡越しに目が合ったサンジは、本当にいいのかい、と何度目になるか分からない確認を繰り返す。
「思い立つが吉日って言うでしょ?」
「なら、ナミさんやロビンちゃんに頼んだ方が……」
「サンジがいいの」
器用だし、最近ツレないもの、と含みのある笑みを浮かべながらサンジを見上げれば、矢継ぎ早に否定を繰り返す。
「やましい事があるわけじゃねェからね!?」
ただ、君を意識し過ぎて上手く立ち回れねェだけ、とサンジは自身の金髪を雑に掻き乱した。付き合って半月が経つが未だにサンジは私に片想いしているかのように振る舞う、手を握れば、ピィと不思議な声を上げて肩を揺らして、キス一つで目を回す。それはそれで面白いがそろそろ進展したい気持ちもないわけでは無い。
「好みの女の子にして」
ハサミを握るサンジの手に触れて、私はそう口にした。サンジは肩を揺らす事も奇声を発する事もせず、困ったように笑った。
「なら、余計に切れねェかも」
「?」
「だってさ、」
今の君が好みだから、とサンジはハサミを置いて私の背中まで伸びた髪をひと束だけ掬い取り口付ける。そこだけ切り取ったら随分と神聖な光景に見える、サンジの金髪に電気の明かりがあたり天使の輪が浮かぶ。
「切っても君の美しさは永遠だけどね」
サンジが口付けたひと束の髪を宝物を握るようにぎゅっと握り締める。ただ唇が一瞬、触れただけの髪だ。なのに、もう一生切りたくない、と思ってしまうぐらいにサンジに惚れている。
「ナマエちゃん?」
「もう一生切らない」
「へ?切らねェの?」
「サンジがキスしたから」
切れなくなっちゃった、そう言ってへらりと笑った私の頭を自身の胸元に引き寄せるサンジ。あー、だの、うー、だの言葉にならない呻き声が頭上から何度も降ってくる。私はサンジの分厚い胸板に顔を埋めたまま、サンジの賑やかな心臓の音に耳を澄ます。
「ふふ、心臓早い」
「聞かねェで」
言葉とは裏腹に回されていた腕にぎゅっと力が入れられる、男女の差なのか暴れない限りここから出るのは難しそうだ。
「……おれさ、髪に限らず君なら何でも可愛いんだ」
何でもって言ったって何でもいいってテキトーに言ってるわけじゃねェよ、ただ、君の可愛い所を探すのが人よりちょっと上手ェんだよ、おれ、そう言ってサンジは得意げに笑った。
「特におれの前だと最高に可愛いんだ。目に入れても痛くねェっつーか、入って下さいって頭下げてェレベル」
「調子に乗っちゃうわ」
「はは、ドーゾ」
サンジは再度、私の髪に指を絡ませて唇を寄せる。好みは君だし愛したいのも君だけだ、なんて殺し文句と同時に降ってきたリップ音に私は髪を切るタイミングを完全に失うのだった。