短編
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男性経験が無いという事は自身に魅力が無いからだ、と思っていた十代の頃。そして一年、二年と経てば、そんな魅力の無い私を好いてくれる人間が現れた。だが、今までの経験の無さが私の足を引っ張り、地面に足を縫い付けた。手を繋いだ事も無ければ、キスなんて夢のまた夢だ。経験が圧倒的に足りない私では相手の重荷になるのでは、と向けられた好意を素直に受け取る事が出来ないまま、私は二十歳になった。
「人生時計でいったら君もおれも朝の六時だよ」
人生時計というのは人の一生を一日の時間で変換したもので零歳から八十歳までを一日の時間で表すのだ。
「朝飯だって食ってねェ時間だよ」
「それがどうしたの?」
「まだまだ時間はたっぷり残ってるって事さ、愛し合う時間がね」
仲間であるサンジとそういう関係になるとは夢にも思っていなかった私は向けられている好意にも気付かず、気付いた時には外堀が埋められて逃走不可といった状態だった。ここまで聞いたらサンジは強引な男のように見えるが、サンジは無理強いはしなかった。
「好きになってもらえる努力をするよ」
ありがてェ事に時間ならたんまりある、そう言ってサンジは私の気持ちがいつしか自身に向く事を信じて出来る限りの誠意を見せてくれた。
好きになってもらえる努力をするよ、と宣言されてから約半年が経った初夏の頃、私達二人は収まるところに収まった。私の向く先にはいつもサンジがいた、これは癖のようなものだ、と自分自身に言い訳を繰り返してまた無意識にサンジの姿を探す、それが恋だと気付くまでに数カ月掛かってしまった。
「サンジの事、好きになっちゃった」
震える手でサンジのジャケットの裾を握った。この人なら、そう願ってしまったのだ。
「おれは愛になっちまったよ」
そう言ってサンジは私の体を掻き抱いた、私はゆっくりとその大きな背中に手を回した。
「恥ずかしながら……」
男性とのお付き合いの経験が無い事をサンジに伝えれば引かれる所か喜ばれてしまった。それが何だか恥ずかしくて茶化すように、魅力が無いから売れ残っちゃったの、と笑えばサンジの大きな手が私の手を握った。
「君が魅力を振り撒くのはおれだけでいいよ」
馬鹿真面目にそんな事を言うから、もしかしたらこの人と出会う為だったんじゃないか、と夢見がちな考えが浮かぶ。そして、サンジは付き合ってからも紳士だった。私の亀のような歩みに合わせるように手順を踏み、ゆっくりと二人は恋人同士になっていった。
力を抜いた筋肉が柔らかい、と気付いたのは初めて体を重ねた日の朝だった。自身の頭の下に敷かれていたのはサンジの腕、これは噂の腕枕では、と私は内心ドキドキしていたがサンジが寝てるのを良い事にサンジの体に寄り添った。
「サンジだいすき」
寝起きで呂律は危ういが、ふわふわとした夢心地なまま私はそう口にした。
「おれも君がだいすき」
「起きてたの?」
「君があまりにも可愛かったから目が覚めちまったよ」
「……憧れてたの、腕枕」
だから嬉しくて、そう言って私は布団で顔を半分ほど隠す。ニヤけた口元を見られるのが恥ずかしかったから。
「次までにさ、したいこと全部書いてきて」
「したいこと?」
「恋人としたいこと、全部。他にも憧れてた事があるんじゃねェのかい?」
「……全部いいの?」
おれが全部叶えるから、そう言ってサンジは嬉しそうに笑みをこぼした。ニヤけた口元をキュッと結んで、私は何度も頷いて見せる。そして、口元を隠していた毛布を下げて、サンジの両頬を両手に挟む。
「……今はおはようのチューがしたいな」
サンジの唇に自身の唇を押し付けた、まだ成長段階の拙くて可愛らしいキスだ。キスが気持ちいいと教えてくれたのもサンジだった。
「終わったら二人で仲良くキッチンにでも立つかい?」
「ふふ、いいね」
そう言って二人はもう一度、ちゅ、とリップ音を鳴らし合った。