短編
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志や目指すもの、この海賊団には一人一人壮大な夢がある。それを聞く度に拍手を送りたくなるくらいには立派で絶対に叶えて欲しいとも思う。だが、反対に私にはそんな立派で壮大な夢は無い、あるのは下心と恋を成就させたい気持ちだけだ。私にとっては世界一の海図も海賊王もオールブルーも霞んでしまう程にサンジという男は眩しかった。道端で躓いた私に、レディ、大丈夫かい、と手を差し伸べてきた金色は小さな頃に見た絵本の王子様と同じ色彩をしていた。少しだけ変わった形をしている眉毛は甘い顔立ちに馴染み、こんなにもグルグルが似合ってしまう人がいるのか、と驚きに目を見開いた。私が海賊になったのは王子様に憧れたからだ、今までの平穏な生活をその日の内に投げ捨てて海賊船に押し掛けた。私を仲間にするか、その金髪を置いて行け、なんて半ば脅しのように迫った私は今、考えれば冷静じゃなかった。
「あ、昼間のレディじゃねェか」
おれに何か用かい、とステップを踏むように私に近付いて来たサンジは警戒心なく私の前にしゃがみこんだ。
「ん、レディ?」
周りでは、サンジ危ねぇぞ、エロまゆげ、だの心配とヤジの半々が飛び交っていた。
「……海賊はお宝を奪う物って」
だから、私、あなたが欲しい、と自身でも大胆な台詞を吐いたものだと思った。だが、これぐらい言わないと私なんて相手にされないと当時の私は思っていた。
「おれェ……?」
途端に落ち着きを失くして、ブツブツと独り言を繰り返すサンジ。女神がおれを、おれをレディが欲しがってる、異常な高速早口に耳を澄ませれば、そんな言葉が聞こえてきた。
「好きになっちゃったの」
「……す、好きって好き?」
コクリと頷いた私にサンジは仲間に助けを求めるようにチラチラと視線を送り始めた、だが、皆、人の恋路には興味が無いのか、さぁさぁ、邪魔者は退散しましょ、と言わんばかりに甲板から消えて行った。
その後、サンジは挙動不審になりながらも自身のプロフィールとコックである事を教えてくれた。
「コックだから奪われるわけにはいかねェんだ」
「なら、仲間一択ね」
「……君は海賊に偏見は無いのかい?」
「ちょっと昔にね」
ワケあり美女がおれを、と顔面をだらしなく緩ませる姿も愛嬌があって好印象でしかない。ジッと顔を見る余裕が無く、チラチラと顔を観察しては高鳴る心臓をシーッと黙らしている私はきっと冷静に見えていた筈だ。そこからサンジの口添えもあり、私は新しい仲間として迎え入れられた。最初の脅しが悪かったのか今では酒の席での良いネタになっている、アンタの目、こんなだったわよ、とナミが自身の目をかっ開いて私を見ては酔っ払い特有のテンションで私の背中を遠慮なく叩く。
「あはは……」
「なのに今はサンジくんのこと避けてるってどういう事よ!」
「ちょ、ナミ!声のボリューム!」
最初に度胸も勢いも使い果たした私はサンジに近寄れなくなっている、サンジの海賊になった理由を聞いて自身のお花畑のような理由を恥じたのもあるが一番の理由は顔だ。あの甘い瞳に自身が映るのが恥ずかしくて仕方ない、あの柔らかな眉がハの字になったり吊り上がったりする愛しさに心臓が降参してしまいそうになる。
「……好きだから近寄れない」
「はー、アンタ可愛いとこあんのね」
サンジくんなんてすぐにコロっと落ちると思うわよ、なんて言ってくるナミに苦笑いをこぼす。
「そうだったらいいけど」
「サンジくんだから大丈夫よ」
数日前のナミに言いたい事がある、どうやら私は駄目だったらしい、と。すぐにコロっと、なんて都合の良い考え方はしていなかったが今の状況は予想外だ。
「サンジさーん……?」
無言で私を後ろから抱き締めて、ドカっと行儀悪く椅子に座るサンジ。顔は見えないし、声すら聞かせてもらえない。何度こうやって呼び掛けてもフルシカトだ、私の声なんてまるで聞こえていないようで心が痛む。何をこんなに怒らせてしまったのか、と。それに煙草の本数が増えたのかキッチンのテーブルに置かれた灰皿は山の上に山を作り、雪崩を起こしそうだ。
「……好きなんじゃねェの」
「へ」
「おれのこと」
そう言ってサンジは私の肩に顔を埋める、サンジの金髪がさらりと首筋に触れてくすぐったい。
「馬鹿みてェ、おればっか君のこと意識してさ、今じゃ、おれの方が君を欲しがってる。こっちを見て、おれに好きって言ってって……なのに、君は飽きちまったみてェにおれに無関心だ」
「あ、あの、サンジ違くて」
「……何が違うんだい」
「好きだから近寄れないの!」
勢い良く叫んだ声はきっとキッチンの外に聞こえている、後からナミに散々イジられる事を考えたら胃が痛いがサンジに勘違いされたまま過ごすのも嫌だ。
「まだ、おれのこと好き?」
「好きだよ」
海賊になるくらいには、そう言って私は後ろを振り返る。顔を上げたサンジは未だに自信無さげにこちらの様子を窺っている。
「……緊張するから、見れないの」
今だって一瞬で目を逸らしてしまった、視線が絡み合うだけでこの身体が自身の身体だと思えなくなるのだ。
「もう、奪ってくれねェの?ナマエちゃん」
サンジの手が私の両頬に添えられて、視界を埋めるのはサンジの顔。先程の機嫌の悪い顔でも自信の無い顔でもない、ただ甘く、私が好きになったサンジの顔が目の前にあった。
「おれに視線ちょーだい、ナマエちゃん」
君の視線を奪うのは、おれでしょ、とサンジは私に顔を近付ける。目を逸らそうとしてもサンジの手がそれを許してくれない。
「は、離して……?」
「んー、やぁだ♡」
おれは君の優しいだけの男になりてェわけじゃねェの、そう言ってサンジは私が知らない男の顔をするのだった。