短編
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レディとのデートはいつでも胸が踊る、そのレディが好きな相手だったら尚更だ。だが、サンジの繊細な恋心を傷付けたのはデートの内容でも場所でも無く、彼女が推しているアイドルの男だった。
「キスシーンとかあったらどうしよ」
「……あるかもね」
サンジは行儀悪くストローの先を噛りながら、コーラを飲む。映画といったらコーラにポップコーンでしょ、と彼女が張り切って選んだ王道の映画のお供セットを横の飲み物スペースにセットして数ヶ月後に上映されるアクション映画の予告をボーッと目で追いながら言葉を交わす。普段だったら彼女の相槌すら愛しくサンジの耳を癒やすというのに男の話になった途端、耳を塞ぎたくなってしまう。野郎のキスシーンなんて興味すらない、だが彼女を少しでも傷付けてみろ、おれがオロしにオロしてやる、と彼女の膝に置かれたパンフレットの表紙にいる腹立たしいアイドルの顔に憎しみの視線を向けるサンジ。
「あー、緊張する」
「初主演なんだもんな、君の推し」
嫌いだ、敵視だってしている。だが、サンジは彼女の前でこのアイドルを貶す気にはどうにもなれなかった。意見の不一致は価値観の不一致でもある、価値観が合わない男に世の女は靡いたりなんかしない。
「ふふ、違うよ」
「あれ、他の映画で主演してたっけ?」
「違う」
映画が終わったらサンジに告白するから緊張してるの、と彼女は言う。
「は」
突然の暴露にサンジのモヤモヤは吹き飛んでしまった、パンフレットから勢い良く顔を上げて彼女の顔を凝視する。
「……映画どころじゃねェんだけど」
「私にチャンスがあるなら一緒に見て」
面白くないって悪い意味でバズってるから考える時間にでも使って、と表情の読み取れない顔でスクリーンを見つめる彼女。時間帯のせいか客は数える程度しかいない、きっと、この会話だって周りには聞こえていないだろう。サンジは彼女のスペースに軽く身を乗り出すと、彼女の耳元に顔を寄せて何かを囁いた。
「ねェ、ナマエちゃん。おれには考える時間なんていらねェからさ、ここ出て、おれに告白してくんねェかな?」
「サンジ……?」
「君が欲しがってる筈の台詞、用意してるんだ。だから、おれが台詞を覚えているうちに言った方がいいと思うぜ?」
サンジはそう言ってニィっと口角を片方だけ上げるとコーラとポップコーンを持ち、席から立ち上がる。あと数分で始まってしまう映画に背を向けて階段を一段抜かしで降りるサンジ、重かった足取りは羽が生えたかのように軽い。後ろから聞こえる可愛らしい足音にサンジは静かに口元を緩めて、数分後に出来上がる新作ラブストーリーのシナリオを考えるのだった。