短編
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あぁ、夢か、と気付いたのはサンジの態度が普通だったからだ。余裕そうな笑みを浮かべてスマートに私の背中に腕を回すサンジが本物なわけが無い、手を繋ぎ、小指を絡ませ合っただけで鼻血を出して床を汚すサンジがこんなスマートに私を抱き締めれるわけがないだろうと失礼な事を考えてしまう。手汗なんてかいていない手で私の頭を撫でて、泳いでいない碧眼で私を真っ直ぐに見つめる夢の中のサンジ。あぁ、物足りないな、と溜め息を吐いた私はきっと物好きだ。
「私、手を繋ぐだけでおかしくなっちゃうサンジが好きなの」
夢の中で言葉を発したって流れが変わるわけではない、目の前のサンジ擬きにはきっとこの声は届いていない。先程と変わらずにただ私を愛おしげに抱き締めて、恋人ごっこをしている。
「煙草の匂いがしないサンジはサンジじゃないわ」
煙草と香水と海の香り、昨日は焼き立てのスコーンの香りがした。手を繋ぐだけでおっかなびっくりしているくせに私の口の端についたスコーンの欠片を一摘みして、おべんとうが付いてるよ、レディ、とつまみ食いするサンジの照れの基準は分からない。その時の顔は今の顔と少しだけ似ていたような気もするが、後から自身の行いに気付いて焦ったように謝罪を繰り返していたサンジは結局、初心で彼女である私なんかよりも随分と可愛らしい一面を持っている。
サンジの腕の中でボーッと夢の終わりを待っていれば、醒める感覚に足を取られる。ふわりと意識が床をすり抜けるような不思議な感覚に目をギュっと瞑れば、頭上から楽し気なサンジの声が降ってくる。目が醒めても君の傍に、と。
「「へ」」
目を開いた先には不自然に私に手を回そうとするサンジがいた、まるで無実を訴えるかのように両手を勢い良く上げたサンジはピシリとそのまま固まって動かない。
「何しようとしてたの」
「……君にブランケットを掛けようとしたら、寝言で、その、おれの名前を呼ぶから……堪らなくなっちまって、少しだけ、ほんの少しだけ抱き締めマシタ」
「ふふ、何で片言なの」
「いや、勝手に触っちまった挙句、眠り姫を起こしちまったからさ」
恋人なんだから許可なんていらないのに、と笑う私にサンジは恋人という言葉を噛み締めるように片手で自身の顔を覆っている。
「っ、実感したらやべェ」
天使がおれの恋人だって信じられるか、なァ、と自分自身に問い掛けるサンジのジャケットの袖をクイッと引き、こちらに意識を向けさせる。
「ねぇ、抱き締めて」
「へ」
「夢の中じゃあんなに抱き締めてくれたのに」
それはもう熱烈に、とわざと熱烈の部分を強調してサンジの顔を見れば、耳と首まで赤く染めてぎこちない動きでこちらに腕を伸ばしている。
「ほら、頑張れ、頑張れ」
まるで赤子が立ち上がるのを見守る母親のような気持ちだ、サンジもそう感じたのか唇をアヒルのように尖らして、茶化さねェで、と私の腕を引き、自身の長い腕に閉じ込めた。
煙草と香水と海の香り、背中に回された腕は夢の中のサンジとは違って置き場を探るようにぎこちなく動く。ここ、とサンジの腕を持っていってやらなければ一生置き場に迷っていそうだ。
「……汗臭くねェ?」
「大丈夫よ」
「シャワー浴びときゃ良かった」
「毎回浴びるのを待つなんて嫌よ」
抱き締め合うだけで大袈裟だ、なのに夢の中のスマートなサンジよりこの初心で不器用なサンジが良いのだ。バクバクと騒がしい心音も段々と居心地が良いBGMに聴こえてくる。
「夢の中のおれはもっとスマートに出来てたかい?」
「えぇ」
「……ガッカリした?」
「あら、どうして?」
「どうして、って……見たまんまだよ、君を前にしたら挙動不審になっちまうしカッコの一つすらつかねェだろ」
サンジのジャケットの襟を自身の方に引き寄せる、顔を近付けて弱気なその顔を見つめれば、垂れた瞳が不安そうに揺れる。
「私、そんなサンジが好きなの」
ゆっくりサンジのペースで愛してくれればいい、そこにスマートさもカッコよさもいらない。あるのは少しだけ緊張したサンジの顔と初心な手付きだけでいい。
「うぅ……ナマエちゅわん……」
おれは君を愛してる、と愛を語るスマートな唇が私の唇に触れた。相変わらず照れの基準が間違っているサンジの唇に負けじと私もかぶりつくのだった。