短編
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼女と恋人になってから、彼女がサンジの顔をジッと見る事が多々あった。自身を焼き尽くそうとする長く続く熱視線にらしくもなく照れたサンジは彼女の瞳に蓋をするように右手を翳すと、穴が空いちまいそうだ、と苦笑いをこぼした。
「わっ、また見てた?」
どうやら、彼女のこの行動は無意識らしい。サンジは己の容姿の出来をそこそこ評価している。そして、時に顔面も使える武器である事も理解している。だが、己の顔に大したこだわりも無ければ、出来るならば変えてしまいたいとも思っていた。鏡を見る度に己と似た顔が何個も頭を過るのだ、違うのは毛色と己の不出来さだけ。今はそんな事を考えるだけ馬鹿らしいが昔のサンジはそこまで強くはいられなかった。
「ここ、痕にならなくて良かった」
殴られても蹴飛ばされてもその内、治る事を知っている。顔の傷も心の傷もどちらもだ。手当てはするが女のように騒ぐ気も無ければ、大事にする気も無い。
彼女と付き合うようになってから鏡を見る癖がついた、鏡には特に自身としては見飽きた約二十年付き合って来た顔が写ってるだけだったが、もう、この顔だって自身だけのものでは無いのだ。傷を作れば自身より大袈裟に騒いで、怪我をしたのは君かい、と言いたくなるような表情で痛いと悲しいを伝えてくる彼女がいる。それに気付いた時、サンジはそこそこの評価の武器を少しだけ大事にしようと思った。
「おれの顔、そんなに好き?」
茶化すように声を弾ませてサンジは彼女にそう問い掛ける、彼女は、あーだの、うーだの呻いた後に目線を足元に落としたまま、こう言った。
「私の彼氏なんだなぁと思って見ちゃうの」
まさかそんな答えが返ってくるとは想像していなかったサンジは呆然としてしまう、自身でもらしくない程にむず痒いような愛しいような変な気持ちが込み上げて来る。彼女の彼氏、という肩書きは今まで他人がサンジに勝手に寄越してきた肩書きとは違って自身が一番望んでいるものだった。
「なぁに、不満かしら?」
「いや、たださ、想像以上っつーかさ」
「ふふ、キャーキャー言われたかったんじゃないの?」
「そういうワケじゃねェよ、ただ、君が好きじゃねェならこの顔も意味ねェからさ、気になっちまっただけ」
自身の顔に価値があったとしても、不出来だとしても好きな相手の好みで無ければ何の意味も無いのだ。
「……こんなカッコいい人が私の彼氏なのよって自慢したいぐらいだけど、それはナシね」
「自慢してくれていいのに」
「貴方を好きになる人間は私だけでいいのよ」
自慢したら減るでしょ、サンジが、と可愛らしい嫉妬心を覗かせる彼女にサンジは整った容姿を崩してしまう。普通の女性からしたら減点対象のその姿に彼女は肩を揺らして、サンジの頬に手を伸ばす。
「その顔も悪くないわよ」
「ナマエちゅわんが大好きって顔♡♡」
過去が色濃く付き纏う顔だとしても、他の兄弟と同じ顔で生まれただけの不出来な存在だとしても唯一彼女が「彼氏」と呼んでくれる一人の顔だ、それが自身だと言える事がサンジにとって、とても尊い事のように思えた。その顔は今、彼女への愛を浮かべたまま幸せそうに笑みを浮かべていた。