短編
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女三人横一列、ナミ、ロビンの順番にサンジは彼女達の変化に気付いた。ナミの新調した服を褒めちぎって、ロビンの普段よりも甘めなメイクに両手を組んでクネクネと体を揺らし、ハートを飛ばしている恋人。順当に考えれば、次は私だ。私だって今日は前髪をふんわりと巻いて、後ろ髪だって普段よりも念入りに巻いた。なのに、サンジの口から変化を指摘する言葉は出て来なかった。
「いつも通り、可愛らしいよ」
しかも、追い打ちを掛けるようにいつも通りを強調されてしまった。普段はストレートにしている事の方が多いわ、と言える気分でもなく私は曖昧に笑ってお礼を告げた。ニコニコしながらハートを飛ばすサンジの後ろ姿を見つめながら、サンジって私にあまり興味がないのかしら、と溢せば、ナミとロビンはお互い顔を見合わせて苦い笑みを浮かべた。
「あれは逆よ」
「ふふ、そのうち分かるわよ」
二人の反応に余計にこんがらがってしまった脳内を放棄して、私は自身の憐れな巻き髪に指を絡ませた。
レディの変化には気付くクセに自身の恋人の変化には気付かないサンジ、気付かれなかったのは一度や二度ではない。新調した服を着ても髪を切っても、メイクを大胆に変えてもサンジから指摘される事は無かった。それどころか隣に並ぶナミの姿に目を輝かせて、今日のナミすわぁんは、と解説者のごとく言葉を重ねるサンジに私の心が折れたのが先だった。二人に声も掛けずにキッチンを飛び出した私は新調したばかりのヒールの音を鳴らしながら、甲板に出ると一人になれそうな場所を見つけて壁に背を預ける。やっちゃった、と後悔した所で不満も不安も消えやしない。私の変化にだけ気付かないサンジへの不満、もしかしてナミやロビンの代わりなのかしらという不安が自身の足元をグラつかせる。
「ナマエちゃん……!」
グラついた体を支えるようにサンジの長い腕が自身の腰に回される。
「なんで?」
「今日、様子おかしかっただろ?体調悪ィのかもと思って……」
的外れな指摘につい顔を顰めてしまった、様子がおかしい?体調が悪い?気付いてほしい事は別に沢山あるのに何でそんな事ばかりなのか、とサンジに怒りが湧く。
「サンジなんて大嫌い」
二人の間にあった赤い糸をハサミでぷつりと切るように私はそう言い切った、サンジのまんまるに開かれた片目を睨み付けて、その腕から抜け出す。サンジの口から煙草が落ちて、サンジの革靴の上にぽとりと落ちる。なのに、サンジは黙ったまま煙草を拾おうともしない。
「取り消せ」
「サンジ、煙草!火!」
「……っ、大嫌いなんて、そんなこと言わねェで」
湿った声を出したまま、自身の革靴なんて目に入ってないのかサンジはべしょりと泣き出す。あー、もう、と私はサンジのポケットから携帯灰皿を取り出して煙草を拾い上げると急いで火を消す。表面だけが傷んでしまった革靴に視線を向けて、良い靴って言ってたのに、と私の方がダメージを食らっている。
「……そんなに好きならちゃんと気付きなさいよ」
「う?」
涙の膜がぷっくりと浮き、サンジの頬を濡らし続ける。その粒を親指で受け止めながら私は以前から思っていた不安を口にする。
「私はナミやロビンの代わり?」
「ハァ!?違ェに決まってんだろ!」
「……なら、何も気付いてくれないのは何故?」
髪を切っても、新しい服を買ってもメイクをしても何でナミやロビンに貴方の褒め言葉を譲らなくちゃならないの、とサンジに勝手な文句をぶつける私。ナミやロビンは何も悪くない、悪いのはこれぐらいで傷付く私だ。
「君が可愛過ぎるから」
「へ」
「顔のパーツを取ったってあまりにも愛らし過ぎて毎日心臓が痛ェ、顔の情報量だけで脳味噌がパンクしちまって上手い言葉が浮かばねェんだ……まだ、変化にまで手を出せそうにねェ、だって、気付いちまったら、おれの心臓は飛び出ちまうよ」
君が好き過ぎて苦しい、とサンジは言った。
「言い訳みてェだけど、本当に毎朝の寝起きの顔の違いですら死にそうになるんだ。あ、あの、チョッパーに聞けば分かる筈だよ!こないだ、輸血したし!」
「ぷっ、あはは、なにそれ、輸血したの?」
「……しました」
サンジはバレたくなかったのかバツが悪そうに下を向いて、そう白状した。寝起きの顔なんてきっと可愛くない筈なのにサンジにとったら、それすら自身の命を脅かすレベルらしい。
「……私の可愛いところ、ちゃんと見て」
今日の私も明日の私もサンジの為に可愛くしてるから、そう言ってサンジの頬に口付ける。
「だ、大嫌いは撤回!?」
「サンジ次第」
「うぅ……っ、そんなァ」
少しの意地悪を見逃して、ダーリン、と笑った私にサンジは可愛いと言いながら滝のような涙と致死レベルの鼻血を出して床に崩れた。急いでチョッパーを呼びに行こうとした私の背にサンジの声が響いた。
「おれはいつだって君が一番可愛いよ!」
「あー、もう知ってるわよ!血!それ以上、流しちゃまずいから黙って!」
サンジのこんなにも大きな愛に気付かなかった私の目は節穴どころではないだろう。それとも特別、サンジが隠すのが上手いのか。お互いにまろび出しそうな心臓を押さえて、頬を染める二人にはまだ気付かない事が沢山ありそうだ。