短編
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魔法使いに憧れた時期がある、赤いリボンをつけて真っ黒のワンピースを着て魔女らしく喋る黒猫を連れて箒に跨って海の上、ビルの上を飛び回る夢があった。庭に置いてあった毛先がバサバサの箒に跨がっても浮く事する出来ずに地面を数センチ砂埃を立てながらジャンプしただけだ。遊びに来る黒猫だってニャーニャー鳴いて餌を強請るだけの愛玩動物でしか無かった、利口は利口だが会話なんて出来る筈も無く、餌をやったら直ぐに姿を消した。幼いながらに魔法使いになれない事を悟った私はフィクションとノンフィクションの意味を同世代より一歩先に知って、大人になった。
「魔法使いって本当にいるんだ」
なのに、今その存在を認めてしまった。幼い頃のような無垢な私ではない、人間の汚さだって魔法使いの都合の良さだってもう十分に理解出来る年齢だ。だが、目の前に魔法使いがいるのだ。サラサラの金髪で片目を隠して、変な眉毛をした魔法使い。杖の代わりにお玉を握り、長ったらしい呪文の代わりに、おいしくなぁれ、おいしくなぁれ、と甘い低音が願いを込めるように紡がれる。
魔法の手がどんどん食材の形を変えていく、まるで物に生命を吹き込むようなその作業に目を奪われる。
「これでコックって信じてくれる?」
「魔法使いみたい」
「はは、そりゃいいな」
今日この日までサンジを数多の女のヒモだと思っていた事を途端に謝りたくなった、私の偏見で魔法使いに汚名が付いてしまう所だったのだ。
「サンジ、んっ」
謝罪の為に開いた口に入れられた突然のスプーン、銀の上にはツヤツヤのスープが乗り、私の口の中に旨味が広がる。スプーンを行儀悪く咥えたまま目の前のサンジの両手を握り、その手をガン見してしまう。
「ただのコックの手だよ、指を鳴らしたって魔法は使えねェけど、包丁を握れば花だって咲かせる事が出来る」
飾り切りされた野菜が皿の上で色とりどりの花を咲かせる。
「どう?おれの魔法は」
惚れちまう?、そう言ってサンジは片方の口角を上げて、ニヤリと笑った。既に目を奪う魔法を披露したのに心まで奪う気なの、と私は既にくらりと傾いてしまいそうな胃袋を抱えたまま、サンジを見上げる。
「惚れさせてみて」
「勿論、そのつもりさ」
自信に満ち溢れた様子からは料理人としてのプライドが伝わる、きっと、キッチリ胃袋を掴んでくるのだろう。テーブルに並んだ料理にそれを確信する、以前、少しだけ話した好物が並び、その向こうには頬杖をついて私の様子をニコニコ笑いながら見ているサンジがいる。
「人の美味ェって顔が好きなんだ」
おいしくなぁれ、と呪文を口にした時と同じ表情でサンジはそう言った。そして、こう付け加える。
「好きな子の美味ェって顔、見して?」
魔法使いは言葉も巧みらしい、次々に飛び出す私だけに贈られる甘い響きに心まで傾き始めたのだった。