短編
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シャワーで温まった体にナイトウェアを着て、ガウンを羽織る。髪は半乾きだが、これくらいなら許してくれるだろうと脱衣所から飛び出してサンジの城であるキッチンに足を踏み入れる。音を立てずにキッチンのドアを開けたのに、サンジの視線は私にしっかりと向けられている。
「待ってたよ、紅茶でも入れよっか」
「ふふ、大丈夫。顔を見に来ただけだから」
サンジは私の言葉に穏やかな笑みをこぼすと、ふわりと腕を広げて私を受け止める準備をする。おいで、その柔らかな声を合図に私はサンジの腕に飛び込む。見た目以上に分厚い胸板に顔を埋めて、スンスンとサンジの匂いを肺いっぱいに吸い込む。
「まだ、風呂入ってねェから嗅がねェで」
「んー、それは聞けないお願いですね」
なにそれ、とサンジは喉を鳴らすように笑って私の半乾きの髪に触れた。途端に、ナマエちゃん、と厳しい低い声が上から降ってくる。
「髪ちゃんと乾かさねェと駄目だよ」
「乾いてる」
「ここ、ちょっと濡れてる」
気のせいじゃないかな、そう言ってこの場を切り抜けようとしても過保護なサンジは逃してくれない。
「困ったレディだ」
サンジは半乾きの毛先にキスをすると意地の悪い表情でこちらを見る。
「そんなにおれに会いたかった?」
さっきまで一緒にいたのに、とつれない事を言う。普段はサンジの矢印が目立つが二人っきりになると少しだけその関係性も変わる。
「ん?だんまりかい?ナマエちゃん」
無言は肯定になっちまうけど、とサンジは私の髪に指を絡ませて、くすくすと肩を揺らす。
「そうだって言ったら?」
「っ、くく、どちらも肯定だ」
「……意味ないじゃない」
無意味でもおれからしたら光栄な事だよ、レディ、と紳士の仮面をつけた意地の悪い男はそう言って私の手を引く。
「だが、君が風邪を引くのを黙って見てるわけにはいかねェよ」
「サンジがしてくれる?」
「元からそのつもりだよ」
キッチンを出て、脱衣所に戻ると椅子に案内される。手際よくドライヤーの準備をしたサンジは私の髪に指を通してドライヤーの熱を当てる。
「熱くない?」
「えぇ、問題ないわ」
そこに多くの言葉は無いが、この空間は嫌いじゃない。ドライヤーの少しだけ騒がしい音とサンジの繊細な手つき、ドライヤーにかき消されないように張った低音が私の鼓膜を優しく撫でる。
「ズボラなままでいいよ、君は」
「ちゃんとしろって言わないの?」
「寂しいから、いいよ」
「寂しいの……?」
鏡越しにサンジを見上げれば、コクンと頷かれる。
「おれの仕事だから取んないでよ」
君を可愛がって大事にするのがおれのお仕事、とサンジは言う。支払いは君からの愛ね、なんて軽口を叩くサンジの頬に手を伸ばす。
「まだ、終わってねェよ?ナマエちゃん」
「前払いよ」
一生暮らせる分の愛を、そう言って鳴らしたリップ音はドライヤーの音にかき消されたのだった。