短編
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時々、サンジは自身の碧眼から流れる海に溺れる。感情の波が来て、塩辛い涙が溢れて頬を濡らす。ぽろぽろというよりもぼたぼたと垂れ流すに近い、彼女はそんなサンジに慣れているのかティッシュを数枚ボックスから引き抜くとサンジの濡れた頬を優しく撫でる。ティッシュは直ぐに水分を吸い込み、使い物にならなくなる。
「泣き虫サンジくん」
「うぅ……っ、だってェ……」
鼻水まで垂らして情けない声をあげるサンジ、この現象は病気でも喧嘩でも何でもない。ただ、愛によって起こっているのだ。
恋人になってからこの現象は起こるようになった、最初は彼女も焦って出来る限りの手を使ってサンジの涙を止めようとしたが感受性豊かなこの男は、君が好きで好きでたまらなくなった、と泣きながら彼女への愛を吐露し出した。それからサンジは時々こうやって自身の流した涙の海に溺れてしまうのだ。恋人から夫婦になった今もサンジは飽きもせず、涙をこぼす。
「……っ、もう、一回言って」
「サンジ、おかえり」
今回の溺死の原因は「おかえり」「ただいま」のやり取りだ。きっと、他人が見たら大袈裟だとサンジを嘲笑うだろう。だが、サンジにとっては一番大切で一番心を捧げている相手から貰う一つの愛情なのだ。おはよう、おかえり、いただきます、おやすみ、一日で何個の愛情を交換出来るか、サンジにとっては挨拶ですら尊い何かなのだ。
涙に掠れた声はやけに色っぽい、その分、目は真っ赤に充血して鼻先は冬の子供のように色付いている。
「ふふ、これって私が泣かしてるように見えるのかしら」
「……ナマエちゃんに泣かされた」
「もう、責任転嫁は良くないわよ?泣き虫さん」
ズビズビと鼻を啜りながら、部屋着のスウェットに着替えたサンジは彼女の華奢な肩に寄り掛かる。彼女の肩を濡らさないように気を付けながら、乱暴に手の甲で目を拭った。
「……君への全部を言語化出来たらいいんだが、おれは学がねェからガキみてェに喚く事しか出来ねェ」
「言葉はシンプルが一番よ」
「君が好き、って?」
「そう、それにその泣き顔を見たら胸がいっぱいになるの」
私は貴方に全身で愛されてるって思えるの、そう言って彼女は波が引いた目元に口付ける。目元に走るピリピリした痛みが途端に愛しい痛みに変わってしまったようだ、サンジは彼女に視線を向けると唇を可愛らしく尖らす。
「ん」
「なぁに?」
白を切って首を傾げる彼女、だが、その口元は弧を描いている。サンジは意地を張る気も無ければ、彼女からこうやって仕掛けられる事も好ましいと思っている。だが、泣き顔でやられっぱなしになっているのは流石にみっともないと自覚している。サンジは彼女の後頭部に手を回して、その果実よりも甘い自身専用になってしまった彼女の唇に噛み付くように口付けた。
「可愛いサンジくんを返して」
「はは、こんなおれはお嫌いですか?ハニー」
「泣きそうなぐらい好き」
茶化すようにそう言えば、サンジの指先が彼女の指先を迎えに行く。触れ合って、絡めて、視線が重なった。
「おれと一緒だ」
涙の海で溺れるなら二人こうして手を繋いでいれば来世でもまた会える気がした、この恋に溺れたのは彼女も一緒なのだ。