短編
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好きな人に怒られてみたい、と思うのはおかしい事だろうか。喜怒哀楽の四つの感情全てをぶつけて欲しいと思ってしまうのは相手を今以上に知りたいからだ、どんな顔をして笑うのだろうか、どんな顔をしてこの人は怒るのだろうか、そんな些細な事に一喜一憂してしまう自分自身に苦笑いをこぼす彼女。
「……だから、許してね」
彼女は自身が野球選手になったつもりで右腕を振り被り、先程のルフィ達と同じようにキッチンから出て来たサンジ目掛けて雪玉を全力投球する。予想よりも上空に飛んだ雪玉はサンジのスーツではなく金髪に掠って、甲板を白く汚した。あちゃあ、と額を押さえた彼女はサンジがこちらを振り返る前に急いで樽の後ろに身を隠す。体を小さく丸めて膝を抱えながら、チラチラと様子を伺う彼女の耳にサンジのチンピラのような舌打ちが届く。
「ったく、あの馬鹿共……!」
彼女は無実のルフィやウソップに心の中で謝罪をしながら、サンジの足音とドスの効いた声が遠ざかっていくのを息を潜めながら待つ。
もう大丈夫だろうか、と樽の後ろからコソコソと顔を覗かせて辺りを見渡す彼女。だが、そう上手くいく筈もなく、目の前には仁王立ちのサンジが雪玉片手にこちらをニヤリと見つめていた。
「かくれんぼはもういいのかい?レディ」
彼女の手にポンと雪玉を当てるサンジ。そして、ちょんと指先に触れる雪。女性に雪玉を投げるのはおれのポリシーに反するからこれで勘弁してくれ、とサンジは眉をハの字にして笑ってみせる。
「それでレディ、何か言い訳は?」
「……えーっと、ですね」
両手の人差し指同士をもじもじと合わせて、言い辛そうに彼女は理由を話していく。ルフィ達みたいに怒られたかった、と。
「は?クソゴム達みてェにって……そりゃ、また何でだい?」
心底意味が分からん、といった様子でサンジは彼女と視線を合わせるように膝を折る。ここまで来たらもう腹を括るしかない彼女は恥ずかしそうに理由をぽつり、ぽつりと話し出す。
「好きな人の怒った顔が見たいなぁ、って。サンジは私の恋人なのにルフィ達の方がひとつ多く表情を知ってるだなんてズルいもの……!」
今年のクリスマスは貴方に怒られたいわ、サンジ、と勢いに任せて彼女はサンジに詰め寄る。彼女の勢いに押されて後ろに後退るサンジ、じりじりと目を座らせた彼女がサンジの逃げ道を少しずつ狭めていく。
サンジはゴクリと唾を飲み込んで、小さな声でこう言った。
「……こーら、ナマエちゃん」
普段はチンピラのような立ち振る舞いがデフォルトなくせに今は小鹿のようだ。慣れない事にぷるぷると体を震わせながら期待に応えようとする健気さに彼女の胸はキュンと高鳴る。
「……あれ?やっぱり、駄目かい?」
垂れた目元と同じように眉毛まで垂れ下げたサンジは不安そうに彼女を見つめる。
「ふふ、全然駄目」
「うぅ……だって、レディに怒るなんて、そんな……っ、おれには絶対ェ無理だもん」
喜怒哀楽の怒を抜いたってサンジは十分過ぎる程、表情豊かだ。喜だけで何十通りはあるだろう、メロメロと顔を溶かしている日もあれば、幼子のように無邪気にニカッと歯を見せて笑っている日もある。
慣れない事をした自覚があるのか、サンジは落ち着き無く髪をくしゃりと乱した。散らばった金髪の隙間から珍しく覗いてる両目はありとあらゆる感情をのせて、彼女をみつめる。
「私、贅沢言っちゃったかも」
こんなに貴方の表情を知っていたのに馬鹿ね、と肩を竦めて苦笑いを浮かべる彼女。正面にいるサンジの腕が彼女の背中に伸びて、サンジの分厚い胸元に押し付けられる。
「サンジ?」
彼女は顔を上げて、サンジを見上げる。
「おれ、君に怒る事あったかも」
「へ」
「毎日毎秒可愛くて何でそんなに可愛いんだって怒りたくなる」
今だって白銀のスノードームの中にいる天使みてェで、いや、みてェじゃなくて天使だ、と一人でブツブツと真剣に彼女の可愛さを饒舌に語るサンジ。
「それにさ、君しか知らねェおれだってちゃんといるぜ?」
「私だけ……?」
「そ、君だけ。君を愛おしいと思ってる顔」
ぶわり、と体温が上昇したような気がする。ブーツに身を包んだ指先からメーターが上がるように熱が上がってくる、嬉しさ、照れ、喜び、高揚した熱で頬に赤みがさす。
「はは、あっちィな」
色づいた頬にサンジが触れる、指先を遊ばせるように頬の上を何度も往復するサンジの手に頬を擦り寄せる彼女。
「君だけのおれをちゃんと堪能して、レディ」
聖なる夜に普段通りの幸せとありったけの愛に触れる、互いの熱に身体を預けた二人の周りの雪達は勘弁してくれと言わんばかりに降り続けるのだった。