短編
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私と同じように着飾った女の子達がスマートフォン片手にキョロキョロと辺りを見渡す、向こうに見えるお姉様は華奢な腕時計の針の進みを気にしながら少しだけ落ち着かない様子で改札を通る人の波を見つめている。その顔に笑みが浮かぶのを見つめながら想い人が来たのかしら、と自分ごとのように胸が弾んだ。私は改札前に設置された自身よりも随分と背の高いクリスマスツリーの前で彼氏であるサンジを待っていた、駅に隣接されたカフェからは軽快なクリスマスソングが聞こえ、この時期特有のわくわくを連れてくる。
手元のスマートフォンに届いたサンジからのメッセージには遅れるという謝罪が綴られていた、大袈裟な程の謝罪に私は苦笑を浮かべながら短い文を打ち込んでいく。
『了解、気を付けて来てね』
『君も寒いからカフェか何処かに入ってるんだよ。あぁ、でも駅ビルのこないだ入った店は駄目だ。店員のクソ野郎が君に惚れちまいそうだったから』
サンジの過保護な愛情にちょっぴりキュンと来てしまうのは惚れた欲目だろうか。何の罪もない店員さんに心の中で謝りながら、私はサンジの言いつけを破って未だにクリスマスツリーの前に立っている。
サンジが遅れて待ち合わせに来るのは今回が初めてだ、きっと、これからもクリスマスにしかこれは味わえない特権なのだ。サンジの働くレストランはクリスマス時期になると厨房は戦争、ホールも目が回りそうなくらいに忙しくなると言っていた。副料理長のサンジは厨房とホールの二つを器用にこなしながら、周りの様子を瞬時に察して全員が働きやすいように立ち回っているのだろう。これをサンジ本人に伝えれば、おれは当たり前の事を当たり前にこなしてるだけだよ、そんな大した事はしてねェ、と居心地が悪そうに笑うだけだ。
そこから一本、二本と電車を見送っているとサンジを乗せた電車が到着する。到着を知らせるアナウンスに私は早る気持ちを抑えられず、改札の近くに移動し、先程の女性と同じように押し寄せる人波に視線を向ける。見間違っている暇もなく、サンジは人波に逆らうようにこちらに向かってやって来る。スーツにコートを羽織っただけのサンジはデート服というより仕事帰りそのものだ。
「ナマエちゃん!」
心地のいい声が私を呼ぶ、それに小さく手を振って応えれば途端にメロっとだらしなく頬を緩ませるから可愛いものだ。サンジはハリケーンのような早さで私に近付くと私の体をギュッと抱き締めた。
「……冷てェ、ずっと此処で待ってたの?」
「サンジくん、ここ外なんですけど」
互いに言いたい事を言い合う私達の会話は噛み合っていない、サンジは私の体に暖を送り込むようにコートの中に私を招き入れる。
「もう、外だって言ってるのに」
「嫌じゃねェって顔してるけど?」
意地が悪い男はそう言って私を見つめる、蜂蜜を垂らしたような甘い声とは似ても似つかない悪い顔だ。
「……嫌じゃないもん」
ほんのちょっとだけ素直になれば、ついこぼれてしまった愛情がサンジの口からぽろりと転げ落ちる。
「かわい」
クリスマスマジックにしてはかわいすぎる、とサンジは言葉を続けると改めて私の頭から爪先までじっくりと見つめる。寒さを我慢して意地だけで選んだデート服はやる気満々で少しだけ照れ臭い。
「このニット、電話で言ってたやつかい?」
「うん」
「ここのリボンがプレゼントみてェでドキドキする」
サンジは毎度、こうやってアイテム一つ一つに感想をくれる。時々、それが妙に擽ったくて中断させてしまうのだが今日はクリスマスイブに免じて許してやろう。
手を繋ぎ、キラキラと踊る街並みに二人で飛び出す。サンジの手に自身の指を絡ませて些細な幸せを噛み締める。見上げた先にいるサンジの色素の薄い瞳に反射したイルミネーションの明かりにらしくない事を思う。
「イルミネーションよりサンジが綺麗」
王道のラブソングよりもベタな台詞をぽつりと溢せば、サンジの顔がサンタの帽子と同じ色になった。真っ赤なお顔のサンタさんが日々くれる幸せに浸かりながら、イルミネーションに照らされた街をサンジと歩いていくのだった。