短編
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私の手元を見て、驚いた顔をするサンジ。私の人差し指と中指の間に挟まれた煙草からは煙が揺蕩い、同じようにサンジの指に挟まれた煙草からは煙がゆらゆらと空気中で揺れている。
「……煙草、吸うのかい」
「あら、レディの煙草はお嫌い?」
「別に構わねェよ、それにおれが言える立場じゃねェ」
サンジはわざわざ私の横に立って壁に凭れ掛かるようにして煙草を蒸す、特に会話をする事もなく互いに無言で煙草を吸う。
「……いつから吸ってるんだい」
「元カレが吸ってたから」
ポケットから取り出した煙草の箱はきっと身に覚えがあるだろう、サンジのジャケットのポケットには同じ銘柄の煙草が入っているのだから。
「……はは、良い趣味だ」
「そう?ありがとう」
「だが、意外だ。君は過去より未来を見てるもんだと思ってたよ」
長い前髪が影になって、サンジの表情はよく見えない。今、どんな顔で私を語っているのだろうか。失望、それとも、呆れか、今の私にはサンジの心情を察する事なんて出来そうにない。
「……捨てた過去と向き合うのは怖いものだった?」
「直球だね」
「だって、サンジはもう未来にいるでしょ」
それに此処にいたら過去なんて些細な事よ、と私は他人事のように答える。数日前まで絶望の淵に立たされているような気分だったのに人間というものは随分とタフに出来ているらしい。
「おれは弱ェってまた実感したよ、弱ェから選択肢なんて一つしかなかった。ま、それすら間違いだったけどな」
「……サンジはさ、」
数秒の不自然な静寂の後、私は手元の煙草を消してサンジを見上げた。
「こんな良い女を捨てたこと後悔した?」
「あァ」
こんな悪趣味な真似をしてくるとは思わなかったよ、とサンジは私の手元にある消えた煙草に顔を顰めた。別に構わねェ、なんてよく言えたものだ。
「……君には害にしかならねェよ、煙草もおれも」
「覚えさせたのは貴方なのにおかしい事を言うわね」
「それに君に隠し事してたし……」
指折り自身の罪を自白するサンジは煙のように消えてしまいそうだ、大した罪なんて犯していないくせに死罪を受ける囚人のようだ。
「二十年っぽちの過去より私はサンジとの未来を話したいわ。クルーとしてではなく、やり直した関係で」
「後悔しねェ?」
「もう散々したわ、貴方の手を離してしまったもの」
サンジは私の手を握り、自身の方に引き寄せた。そして、どちらからともなく顔を近付けて唇に触れた。苦いだけの煙草とは大違いだ、一人で吸う煙草はこんなに甘くなかった、ただ煙くて苦くて、すぐに消えてしまう煙にサンジを重ねた。
「……よく、あんなに趣味の悪いもの吸えるわね」
「っ、くく、君がいるなら一箱分くらいは節約出来そうだ」
あの時、伸ばせなかった手はしっかりとサンジの背中に触れている。息遣い、少しだけ悪い言葉遣い、煙草と香水の香りに混じった海の匂い、王族ではなくカッコつけの海賊に似合いのスーツ、あの日に手放した全ては今、私の腕の中にあった。