短編
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朝から何もかも上手くいかなかった、寝坊して確認出来なかった朝の星座占いはきっと最下位だろうと思ってしまうくらいには不運な日だった。大学ではいつも通りを演じられたと思うが、夜になると雁字搦めに絡まった糸が一気に解けて駄目だった。部屋に着いた途端に感情の制御が効かなくなって、ぽろぽろと次々に溢れる涙をベッドのシーツに染み込ませながら声を押し殺して泣いた。
僅かな睡眠から覚醒すると顔は酷い有り様だった、目は左右で大きさが違うほど腫れていて、顔は全体的に浮腫んでいる。今日はこの後に予定がある、忙しいサンジくんが時間を作って会いに来てくれるのだ。忙しい彼に無理をさせたくなくてお家デートを提案すれば、サンジくんは目を潤ませて私の両手を握った。大袈裟な程に賛美を送られて、私は世界で一番優しい女神の称号を手に入れたのだった。だが、この酷い顔をサンジくんには見せたくないし、心配もさせたくない。私は枕元に置かれたスマートフォンを開くとメッセージアプリをタップする。そしてメッセージ欄の一番上に並んでるサンジくんの名前を選び、メッセージを送る。
『体調が悪くて行けなくなりました、ごめんね』
送信ボタンを押せば、嘘をついた罪悪感に苛まれてまた泣きたくなってしまう。少しでもマシになれば、と用意した濡れタオルは意味をなさずに私のこぼれ落ちた涙を吸うだけだ。
ベッドに潜り、布団を被ってぐずぐずと鼻を鳴らしていれば、ひとりぼっちの部屋にインターホンの音が響く。出なくても心当たりなんて一人しかいない。合鍵を持っているのに毎回、律儀にインターホンを押すサンジくん。大して広くもない我が家には逃げ場なんてない、それに察しのいいサンジくんにはすぐにバレてしまうだろう。ガチャリと音を立て、玄関の扉が開く音がする。
「お邪魔します」
いつもよりも忙しない足音に私の良心がまた痛む、心配させてしまっている、と。
「ナマエちゃん、体調悪ィって……大丈夫かい?」
心配を滲ませた声がベッドのすぐ脇から聞こえる、私はひと呼吸置くと、大丈夫、と声を震わせないように答える。
「布団被ってんの苦しくねェかい?あと、顔見ねェと安心出来ねェからさ、ちょっとだけ見せて」
サンジくんは優しい声でそう言うと私の布団を胸の位置まで下げる、そうすればサンジくんの整った顔と涙でぐちゃぐちゃな私の顔が合わさる。
「泣くぐらい体調悪ィのかい!?」
抑えられた声が驚きで少しだけ大きくなる、勘違いしたままのサンジくんは自身の足元に置いたままの膨れたビニール袋の中をゴソゴソと探る。
「……それ、なぁに」
「体調崩したって聞いたから看病しに来た」
そう言って、サンジくんは頭の横にビニール袋を掲げると中から新品のケースに入った体温計を取り出す。
「わざわざ買ったの……?」
「あァ、何が足りないか分からなかったからさ」
もう、良心の限界だった。
「……ちがう、わたし、体調悪くなくて……今日、顔こんなだから……心配掛けたくなくて、嘘ついたの……っ、だから、」
仮病なの、と私は嗚咽混じりにごめんなさいと頭を下げる。泣き過ぎて目はピリピリと痛いし目の前のサンジくんの反応が怖くて、私は頭を上げられずにいる。
「なァ、ナマエちゃん」
サンジくんはベッドに腰掛けると私の両肩に手を置いて、顔を上げさせる。
「体調不良って体だけじゃねェんだって、ナマエちゃんは知ってる?」
私のパジャマ越しの心臓をトントンと指で指すと、心が辛ェって泣くのも病気と一緒だろ、とサンジくんは言った。
「ちゃんと治さねェと悪化しちまうよ、だから今日の君は治療に専念すんのが先」
サンジくんは私に向かって両腕を広げる。その胸に飛び込めば、サンジくんの長い腕が私を包み込んだ。
「たまには甘えんのも大事だよ、君みたいな頑張り屋さんは特にね」
青いシャツを握り締めて、湿った声で私は一つのお願いをする。ギュッとして欲しい、と。
「それだけ?」
「うん」
「もっと欲しがって欲しいんですけどォ?」
サンジくんはわざと拗ねたように口を尖らせると私の頭に顎を置いてガクガクとわざと揺らす、それについ安心して笑ってしまう。心地良い体温、いつも通りの優しさ、それを全身に感じていれば、気持ちは少しずつ上を向く。サンジくんは私の頬に両手を添えると君の為におれは生きていたいと言う。
「だから泣きたくなったらおれを呼べよ、ナマエちゃん」