短編
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これはどうしてこうなるの、焼けたシュー生地を指差してそう尋ねる私は幼い子供のようだ。サンジが用意したエプロンに身を包み、母親の手伝いをするみたいにサンジが用意した私だけの仕事を全うする。
「生地の中に水分が入ってるだろ?それがオーブンで焼くと水蒸気に変わって、そこに小麦粉に入ったグルテンってやつがこれまた良い仕事をするから中で水蒸気が膨張して生地を押し広げるんだ」
な、料理ってスゲェだろ、と少年のような顔をした料理人がそう言って私に微笑む。グルテンが何かも分からない私はサンジの表情で凄いか凄くないかを判別している、サンジがこの顔をしたら前者だ。
「料理もすごいけど、ちゃんと理解してるサンジがすごい」
「バラティエにいた頃はよく料理について質問してくる客がいたからさ、自然と覚えちまった」
それに君に知識を分け与えられる事が嬉しい、とサンジは言う。
「……料理に限らず何で?どうして?って鬱陶しいでしょ」
つい、サンジを見かけると問い掛けてしまうのだ。あれは何、これはどうして、と疑問をぶつけてしまう。自身と正反対の生き物であるサンジは私の知的好奇心を刺激する、それにサンジは物知りだ。地頭がいいのか、無駄がない。
「おれは楽しいけど」
「楽しい」
「君と脳味噌の中を共有してるみたいで」
以前からサンジの脳内は図書館のようだと思っていた。だから、サンジの言葉が嬉しかった。サンジの知識に触れる事を許されている現実がむず痒く、それ以上に幸福だった。
「あ、でも全部共有はまずいな……」
「?」
何がまずいのだろうか、サンジが言うまずいの正体が分からない私はお得意の、何で、どうして、を繰り出す。普段なら直ぐに返ってくる返事がワンテンポ遅れるどころか返ってこない、これは黙秘しなきゃいけない程のまずい案件なのだろうか。
「サンジ、言わなくても大丈夫」
「っ、いや、えっと、そんな深刻な事ではねェんだけど、おれの中では最重要な事っていうか、君に対しての気持ちとかもあるわけで」
人に対して何を思っているのか、確かにそれを本人と共有するのは中々にハードルが高い。良い意味でも悪い意味でも向けられた人間の受け取り方で元あった情報や感情がネジ曲がってしまうかもしれない。
「……ナマエちゃんへの下心」
「し、下心……へ、何で……?」
突然の事にひっくり返った声をあげてしまった、そんな私にサンジは少しだけ意地悪な顔をして私と視線を合わせるように腰を折った。
「このワケは君の頭で考えて?」
「どうして?」
「そしたら、考えてる最中はおれの事で頭が一杯になるだろ」
もう分かっちゃった、とサンジの首に腕を回す。何で、どうして、お得意の言葉を飲み込んで私は腕の中のサンジを見つめる。
「知りたいって気持ちも同じって知ってた?サンジ」
相手の知識を知りたい、相手の興味があるものが知りたい、そして、私はサンジの声でそれを知りたかった。
「……君は何でおれなの?」
「脳味噌を共有したら分かるかもね」
私もサンジも、そう言って額をコツンと合わせて一生、何でとどうしてが途切れないような恋という感情を口にしてみるのだった。