短編
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食事を疎かにしちゃ駄目だよ、と教えてくれたのは海の一流コックさんだった。三食おやつ付きだというこの船に中々慣れる事が出来ず、私の一食分を船長の腹の足しにして、とサンジに手付かずの皿を返却すれば、冒頭の台詞が返ってきた。怒るわけでもなく、サンジは子供に当たり前を説くようにそう言った。
「あまり食べなくても大丈夫なのよ」
「なら、これはおれの我儘だ」
君におれの味を知って欲しい、とサンジは言った。そして、ひとつ、ひとつ料理の説明を加えながらサンジは私の口にスプーンを運んだ。
「次、君がこれを食った時におれの言葉を思い出しますように」
料理にはいつも思い出が付いて回るんだ、良い思い出も、悪い思い出も、そう言って窓から雲一つない青空を見上げるサンジ。
「あ」
「ん?なぁに、ナマエちゃん?」
「サンジの目が空みたいだなって、これも思い出に入るかしら?」
私の問いにサンジは柔らかな笑みを浮かべ、勿論、と頷いてくれた。
この船の食事に慣れてきた頃、サンジが不思議な事をしてくるようになった。私の頬に人差し指を滑らして、くるくると指文字のように円を描いていくのだ。私は食器をシンクに置くと、サンジの指に触れる。
「これは、なーに?……新しい遊びかしら?」
サンジは私の質問に一言、こう言った。
「花丸♡」
語尾にハートマークをつけて、再度、私の頬に花丸を描くサンジ。何で花丸なのかしら、と尋ねれば、君がいい子だからだよ、と空いた手で頭を撫でられる。
「最近のナマエちゃんは食事を疎かにしたりしねェから花丸」
最初はサンジの言いつけを守っただけだ、食事がそんなに重要かと半信半疑でナイフとフォークを動かして、皆の真似をして口に運んでいただけだ。だが、いつの間にかサンジの作る料理が特別になった。あの時のサンジは島で卵を大量に手に入れて、あの時のサンジは新しい調味料に出会って、昨日のサンジは、私の料理に付いて回る思い出はいつの間にかサンジ一択になっていた、自身でも驚きだが、あの日から空色に囚われたままなのだ。
「サンジに胃袋掴まれちゃったのかもね」
「エッあ、それってプロポーズかい?」
顔の前で両手の人差し指同士を合わせて、赤い顔を隠しもせずに私を真っ直ぐ見つめるサンジ。
「前向きでいいと思うわ」
「つれないナマエちゃんも素敵だァ♡♡♡おれは心を君に掴まれっぱなしだよォ♡♡♡♡」
バレリーナのようにくるくると回りながら全身でアプローチするサンジの肘まで捲くられたシャツを自身の方に引き寄せて、耳元に唇を寄せる。
「ナマエちゃん……?」
「花丸がたくさん貯まったら、ね」
サンジから体を離して、逃げるようにそそくさとキッチンから退出しようとすれば、サンジの長い腕が逃走の邪魔をする。さっきまでのデレデレした声は鳴りを潜めて、今は沈黙が痛い。
「あー、嫌だったかしら?」
「違ェ……ただ、一日で三つ、いや、おやつも入れたら花丸四つだなって思ってたら……嬉しくなっちまって、えっと、君がおれの飯を当たり前のように食ってくれる事も、君が歩く先にまだ、おれの居場所があるって事も……っ、くく、嬉しくてたまんねェよ」
今日の料理に付いて回る思い出は、きっとサンジのこの破顔だろう。サンジの料理は私の血肉になり、思い出は私の心を形成する、そして、また、この目の前の人を好きになる。
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