伊之助との短い物語
名前設定
鬼滅の刃たかはるとその祖父と3人で暮らしていたヒロインと伊之助の物語。
一応原作沿い。途中、抜けている部分があります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
伊之助くんに手を引かれ、そのまま屋上まで駆け上がって来た。
彼は走る速度を落としてくれていたのかもしれないけれど、私にとってはほとんど全力疾走に近く、心臓がバクバク言っている。
「伊之助くん…はっ…はやい、ねぇ…」
私は両膝に手を置いて呼吸を整える。
きっと髪もボサボサで、顔も赤くなっていると思う。
こんな姿は見られたくないので、顔は俯いたまま、伊之助くんに声をかけた。
「助けて…くれて…ありがと…」
息も切れ切れに、お礼を告げる。
あそこで伊之助くんが来てくれなかったら、私はどうしていたのだろう。
彼女達の言いなりになっていたか、喧嘩が勃発していたか…どちらに転んでもバッドエンドだ。
やはりあの場面には、伊之助くん自身の言葉が不可欠だったと思う。
ナイスタイミングだった。
"聞いてたぞ"って言ってたけど、私達の後をつけてたのだろうか。
ラングドシャをむしゃむしゃ食べていると思っていたのに、私を心配してくれていたのだとしたら嬉し過ぎる。
伊之助くんはしゃがんで、屈んでいる私を覗き込む。
今は見られたくないんだけどなぁ…
そんな事はお構い無しに、伊之助くんはガシッと私の腕を掴んできたので、私はつい何事かと思って彼と目を合わせてしまった。
透明感のあるエメラルドグリーンの瞳が、私の気持ちを落ち着かせる。
「…?」
「お前、俺の彼女になれ!!」
「…!?」
突然の命令に、声にならない悲鳴が鼻から抜ける。
名案だろ!とでも言うようにキラキラした表情を私に向けてくるが、そもそも、自分にとって彼女がどの様な存在になるのか、その彼女が私になるという事を理解しているのか…失礼だが、伊之助くんはその辺の事をちゃんと理解した上でこういった提案をしているのか…等等、色々な事が曖昧過ぎて返事に困る。
YESかNOかは置いといて、真剣な目をした伊之助くんを無下にはできない。
「私が伊之助くんの彼女になるって事はさ…」
「あ?」
「伊之助くんは私の彼氏になるって事だよ?」
私は恋人という者がいたことがなかったので、その事象を伊之助くんに説明しようとしても、逆を言う事しかできなかった。
稚拙過ぎて恥ずかしくなった。
伊之助くんは、は?と言って顔を顰める。
「当たり前だろ!そんくらい分かるわ!!」
「あ、うん、そうだよね!分かるよね!!」
私の彼氏になるという意思をしっかりもっている事を確認すると、段々恥ずかしくなってくる。
しかし私は質問を続ける。
「彼女とか、彼氏とか…意味、分かってるんだよね?」
お前はどうなんだと問われたら、私もなんとなくしか理解できていない。
そんな事を人に問うなんて意地悪な気がしてきた。
この答えに関しては、なんでもアリにしよう。
「おぅ!なんとなく!!」
伊之助くんは恥ずかしく気もなくドヤ顔で答えるので、だよね!と私達は意気投合した。
それでもまだ判断を下さない私に、伊之助くんは首を傾げて、掴んだ腕を離した。
「まだ何かあんのかよ?」
今までキリリと上がっていた眉が、段々と不安気に下がっていく。
勢いを無くしてしゅんとする伊之助くんに、申し訳ない気持ちが込み上げる。
私は、最後の質問をするかしないか考えあぐねていた。
恋人というものは、お互いが好きもしくは、どちらかが相手を好きで成り立つものだと思っていた。
お互いの気持ちが分からないこの流れで、彼女になれ宣言が成立するとなると、この関係は、お弁当を渡す事を正当化する為だけの関係なのではないか…と思ってしまう。
それではちょっと寂しい。
伊之助くんの私に対する気持ちを知りたい。
しかし私の、伊之助くんに対する気持ちを直接伝える勇気がない間は、伊之助くんの気持ちを問う資格は無いと思う。
だから私は答えに困っていた。
伊之助くんにつられて私までしょぼくれてきた。
息が整ってきたので、私は立ち上がった。
しかし顔は俯いたまま最後の質問をする。
「伊之助くんは、お弁当が欲しいから私を彼女にしたいの?」
嫌味に聞こえない事を願って、私は恐る恐る聞いた。
この答えがYESだとしても、もう私は伊之助くんの彼女になる決心はついていた。
私は自分の上履きをじっと見つめながらその答えを待っていたが、伊之助くんの両手が私の顔をガシッと挟んで上を向かせた。
すると今度は少し怒った顔の彼と目が合った。
「はぁぁ?別に彼女じゃなくても弁当は貰えんだろ!!お前、意外と馬鹿だな!
俺はお前の弁当も好きだけど、お前の事も好きだからな!!」
その瞬間、私は今まで彼に対して抱いていた疑問は果てしなく失礼極まりなかった事に気付いた。
伊之助くんは、ちゃんと私を好きだった。
私が勝手に誤解していただけで、伊之助くんは一人の人間として私を見ていて、好意を持ってくれていた。
「俺は小波の事が好きだから、彼女にしたい。
…これで理解できたかよ?」
伊之助くんは首を傾げながら、満足か、と言うように告げてきた。
彼の方が全てちゃんと考えていて、その上で私にも全て伝えてくれた。
彼の方が何倍も誠実だった。
私の顔を挟んでいた両手はいつの間にか私の肩に置かれていた。
この距離の近さに、伊之助くんの真っ直ぐな想いに、顔が熱くなっていく。
呼吸も浅くなる。
それでも、私も彼にちゃんと伝えるべきだ。
「私も…伊之助くんが好き。…結構前から…
だから…彼女に、なります…」
始終彼の目を見て伝える事は叶わなかったが、言葉の途中途中で彼の目を見ると、真ん丸い瞳が私を捕らえていた。
伝え終えると、ガチガチだった全身の力が抜けて、ふぅと息を吐き出した。
お互い想いを伝えた後、私達はどうしたらいいのだろうか…
教室に戻る?
宜しくねと笑う?
一瞬、伊之助くんの手が私の肩から離れた。
本当に一瞬だった。
その後は、彼はふわっと私を抱き締めていた。
普段の彼からは想像もつかない程の優しさで、私は包まれていた。
伊之助くんの肩に顔を埋めると、抱き締める力を強めてきた。
もう言葉は要らない。
私も伊之助くんの背中に手を回して、チャイムが鳴るまでお互いの体温を感じていた。
─伊之助!おかえり!
─おう!権八郎!!聞け!小波は俺の彼女だ!!
─そうなのか!おめでとう二人とも!!
─え!そんな早速…
─全員に広めるぜ!!じゃねぇとまた厄介だからな!!
─小波さん、きっとこれから大変だね…。
─まぁ…楽しいと思うよ!
─おいてめぇら!小波は俺の彼女だ!!覚えておけ!!