第二章 成長
名前設定
鬼滅の刃たかはるとその祖父と3人で暮らしていたヒロインと伊之助の物語。
一応原作沿い。途中、抜けている部分があります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小波にとって、人生の転機が訪れる日、日没はもう間近だった。
ある日の夕方、11歳になった小波はいつものように甘味処で働いていた。
年の暮れでさらに休日という事もあり、今日はどこの店も普段より客足が多かった。
小波はもう暫くこの店で働いていたため、その働きぶりはきびきびとしていてとても11歳には見えず、常に笑顔を絶やさなかった。
まさしく小波は、看板娘を絵に描いたような少女となっていた。
店主も小波に絶大な信頼を置いており、今のような繁忙期には必ず小波に店に居てもらうようにしていた。その分、報酬は他の売り子よりも弾ませていた。
店主は小波の生活の事も、自立する為にお金を貯えていた事も知っており、そのために少しでも彼女の力になりたいと思っていた。
小波は今日も一生懸命に働いていた。
客の注文を取り、団子を運び、片付けを行う姿は、まるで分身でもしているかのようだった。
昼から夕にかけて、小波は休みなく働いた。
今日は営業時間が過ぎても、片付けや翌日の仕込みに追われ、店仕舞いが遅くなってしまう程の繁盛だった。
「悪いねぇ小波ちゃん。すっかり遅くなっちまって…。」
店主が申し訳無さそうに言う。
小波の家が山の中にあるため、普段なら日の沈む前に帰らせるようにしていたのだが、今日は小波がそれを断ったのだった。
「いえ、私が店に残ると言いましたし、山の中と言っても、慣れた道なので大丈夫ですよ。いつもお気遣いありがとうございます。」
小波の誠実さに触れた店主は、眉尻を下げて何度もお礼を言った。
そして、店の残りの団子を笹の葉に包み、さらに紙で包んで小波に持たせた。
「おじいちゃんとたかはるくんと、3人で食べておくれ。」
そう言うと、小波を見送るために店先に出た。
小波も団子のお礼を言いながら外へ出て、帰路に着こうとした時だった。
突然、大きな鉄槌で壁を叩き割るような音の後、瓦礫が崩れる音がした。
「…っひ…ぃやぁぁああ!!!」
そして女の子の人の悲鳴と、今まで聞いた事の無いような、獰猛な生き物の呻き声が前方から聞こえた。
店主はすぐに危険を感じ、店の中に入って戸を締める準備をした。
小波を引き寄せるために、その手を掴もうとしたその時、小波は店主に背を向けて、声のする方へ走り出してしまった。
(まさか…!…本当にいるなんて…!!)
もう店主は体の力が抜け、顔面蒼白だった。締められた戸を再び開けて小波を連れ戻す気力は失せてしまった。
小波は咄嗟にその女性を助けようとした。
(暴漢…?こんな町の中で…!?)
2、3歩近付いた所で、小波の足はぴたっと止まってしまった。
小波の視線の先には、頭に茶鼠色の2本の曲角と鋭い爪を持った鬼がいた。
その鬼はまだ小波には気付いておらず、目の前の女性に襲いかかろうとしていた。
「ヘヘッヘヘ……この町にはうまそうな女の匂いがいっぱいだなぁ………まずは、お前からだ………」
小波は体が金縛りにあってしまったように硬直し、呼吸も浅かった。
それなのに心臓だけはドクンドクンと大きな音を立てていた。
心臓の音に気付かれてしまうのではないか、でもそれで女性が逃げられたならそれも有りか…と、半ば自らの命を諦めかけたその時だった。
「見ないでくださいね。」
この状況にそぐわない優しい声が降りかかり、目元は温かい手で包まれた。
その刹那、鋭い物が肉を切っ割く音と、それに続けてゴトンッという重たい物が地面に転がる音がした。
目元の温かさが無くなったことを感じ、恐る恐る目を開けると、そこには半分ほど消えかかった鬼の体と、背中に「滅」と書かれた黒の隊服を着た男が、自身の刀を鞘に納めるところだった。
小波はなるべく鬼を見ないようにしながら、自分の目元を覆い隠して守ってくれたであろう女の人を見た。
その女性は、冷静に、それでいて温かく襲われていた女の人の手当てを行なっていた。
女の人は肩を鬼に斬られてしまったようだが、深い傷ではなかった。
女の人は2人の隊士に泣きながら何度も深々とお礼を告げると、急いで帰って行った。
隊士達は、女の人の姿が見えなくなるまで見届けていた。
それから、男性隊士の、腕の少し斬られてしまった箇所も、布で縛って止血した。
「あんな弱い鬼に傷をつけられるなんて。精進が足りませんね。」
そんな言葉を言いながらも、優しい笑顔を隊士に向けた。
「返す言葉もありません…。」
男性隊士は肩を落としながら、施しを受けていた。
もし彼が犬ならば、目の上を八の字にし、完全に尻尾は垂れ下がっているのだろう。
小波には、今しがた命の危機が迫っていた人間が2人いたにも関わらず、こんなやり取りをする隊士達が信じられなかった。
小波が呆気に取られていると、女性隊士が小波に目線を移した。
「怪我は無いようですね。良かった。
あなたは、あの女性を助ける気だったのですか。
あれが鬼だと分からなかったのですか。」
女性隊士は微笑みながら小波に問いかけた。ただ、目の奥は笑っていないように感じた。
「ただの暴漢かと、思いました。
鬼を見るのは初めてで…あれが鬼なんだと分かった時には、もう動けなくなってしまって…」
話しかけられた事で、肩の力が抜けた小波はへなへなと座り込んでしまった。
「そうですか。夜になると鬼は現れます。
人を喰うのです。
だから私達のような"鬼殺隊"が存在するのです。
まぁ、残念ながら世間には明るみになっていませんけどね。」
女性隊士は小波に近付き、手を差し伸べた。
優しい声と深い紫色の美しい瞳が小波を照らしたようだった。
小波は女性隊士の行動を振り返った。
自分の目元を隠し、鬼の首を斬る凄惨な映像を見せまいとしてくれた。
怪我をした女の人に温かく手当てをし、安心を与えていた。
そして女の人の安全をしっかりと見届けていた。
その場に関係のなかった自分の身も案じて言葉をかけてくれた。
小波はその女性隊士に初めて抱く感情を理解していた。
正しく、「憧れ」というものだった。
「…どうしたら、その、鬼殺隊に入れますか。」
小波が恐る恐る尋ねると、女性隊士は目を見開いた。
「鬼殺隊に興味をもってしまいましたか。
うーん、そうですねぇ。
血を吐くほどの鍛錬を行えば、私みたいな女でもなれますよ。」
隊士達は多くは語らなかった。
当然だろう。今まで鬼の存在も知らなかった少女が、鬼殺隊入隊を志すなんて事は望まないからだ。
隊士達のその意図を察した小波も、それ以上深く問わなかった。
「そうですか。…分かりました。
今日は、本当にありがとうございました。
えっと、お姉さん達もお気を付けて!では、失礼します。」
(格好良い人達だった…。あんな強い人達に「お気を付けて」は失礼かな?
でもいいや…また会いたいって気持ちが伝わったかな……)
小波は大急ぎで家に帰った。
夢中で抱き締めていた団子は、もうぐちゃぐちゃになっていた。