第六章 機能回復訓練
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鬼滅の刃たかはるとその祖父と3人で暮らしていたヒロインと伊之助の物語。
一応原作沿い。途中、抜けている部分があります。
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数日間振りに目を覚ました日の夜、私は食事と服薬を済ませ、副作用でボーっとする頭で窓の外を眺めていた。
藤の家紋の家で、伊之助、炭治郎、善逸、禰豆子ちゃんと同じ部屋で過ごしたのが懐かしい。
明日には、伊之助達と同じ部屋に移してもらえるか聞いてみよう。
禰豆子ちゃんは、今どこにいるのだろうか。
伊之助達は、何をしているのだろうか。
彼らも、まだ完全に回復した訳ではないとは思うけれど…
今は、やけに静寂が煩い。
腕に繋がれた管、吊らされた左足、薬品の匂いがなんとなく気分を暗くする。
伊之助は、何をしているのだろうか。
…と、考えていると扉がそっと開いた。
見慣れたゴツゴツした手が見える。
すると、猪頭がひょこっと覗いた。
体は壁に隠している。
明らかにこちらが気付くに決まっているのに、頭だけ覗かせて様子を窺うのは何故なのか。
野生の頃の癖なのか…。
幼少期、伊之助と親しくなったあの日を思い出す。
あの日は私一人で留守番をしていて、庭の百合を描いていた。
そこに伊之助が覗きに来て、私は伊之助に声をかけたのだった。
伊之助は当時、私に声をかけられて、驚いたように、戸惑ったように固まってしまったあの姿が懐かしい。
「伊之助?どうかしたの?」
女の子の部屋に入る時はノックしなきゃいけないよ、と付け足して声を掛けた。
すると私と同じパジャマ姿で伊之助は私に近付いてきた。
ボタンをいくつか外して覗く胸元には包帯が巻かれていて痛々しい。
「どうかしなかったら来ちゃいけねーのかよ。」
伊之助は裸足でペタペタと音を立てながら不満そうに告げる。
昔とは違う反応に、私達の距離が近付いたことを実感する。
そしてベッドから少し離れた所にある椅子を一瞥し、私のベッドの空いている部分に腰掛けた。
「まさか!一人でつまんなかったから、来てくれて嬉しいよ。」
伊之助の重みでベッドと私が揺れる。
久しぶりに猪姿の伊之助を見る気がする。
炭治郎達の前ではきっと今まで、ずっと猪姿ではあったのだろうけど。
無性にその猪毛を触りたい衝動に駆られる。
でもいきなり頭を撫でるように触ってしまったら怒られそうなので我慢しよう。
「だろ!!親分として、子分の様子を見に来てやったぜ!」
伊之助の溌剌とした声で、私の暗かった気分は消え去っていった。
喉は回復しておらず、伊之助の声は相変わらず枯れてるが…。
「伊之助は…っていうか皆、何してるの?」
つい先程まで考えていた事を尋ねてしまったが、まずは私に付き添ってくれていた事へのお礼が先だったと思った。
この話題が終わったら伝えよう。
伊之助は何かを思い出すように一時停止すると、胸を張っていた背中を丸め、どんよりしたため息を吐いた。
心做しか猪の耳も下がった気がする。
「今日から、キノー回復訓練ってやつが始まった。」
「今日から昨日?」
「キノー」
「あ、機能…かな?…ふふっ…」
何だか可笑しなやり取りだったなと、私は笑ってしまってお腹の傷が痛み出した。
お腹を擦りながら、伊之助の凹み具合に気付いた。
「それが凄く大変なの?」
「大変ってもんじゃねえ!
チビな女のクセに、痛ぇしすばしっこいしくせぇし、意味わかんねぇ!」
…チビな女が臭い…?
そこだけ多分主語が噛み合っていないな…
ムキーッ!っと、伊之助は胸の前で拳をバチンバチンと打ち立てて、ガラガラ声で怒鳴る。
いや、喉を大切にして欲しい。
「とにかく…キツイんだね…」
伊之助の言葉だけでは、機能回復訓練とやらがどういう内容なのかは推測もできないが、伊之助がとてつもなく悔しい思いをしているという事は分かる。
善逸はまだ参加できる状態ではないという事で、今日は伊之助と炭治郎だけの訓練だったそうだ。
私も怪我が治ったら参加する事になるだろう。
しかし左足の酷い骨折が治るのはまだまだ先な気がするので、そこ以外で出来る訓練は早い内にしたいなと思う。
「はぁぁ〜」
伊之助が天井を見上げながら珍しくため息なんて吐くもんだから、私はつい猪頭の下の方のフサフサした部分に触れた。
先程まで我慢していたのに。
「私が寝てる時、ずっと傍に居てくれたんだよね。」
私がモサモサと毛皮を撫でながらそう告げると、伊之助はバッとこちらを向いて驚いた。
「はぁぁ!?なんで知ってんだ!!!
お前、もしかしてずっと起きてたのか!?」
うーん、この距離で大声出されると病み上がりの頭には響くなぁ…
「そんな訳ないでしょ!
アオイさんが教えてくれたんだよ。」
「アオイ…?あぁ、チビ女の事か。」
そこで、機能回復訓練で伊之助が言うチビな女というのが、アオイさんだという事が分かった。
アオイさんは怪我人の処置や炊事洗濯の他にも、訓練でも活躍しているなんて…スーパーガールか。
「アオイさんは凄い人なのね。
…いや、…そうじゃなくて…
ううん、アオイさんは凄い人なんだけど…
そっちじゃなくて…あの…ありがとうね。
私、なんか悪い夢をずっと見てた気がするんだけどさ…
伊之助が手を握っててくれたお陰で、目覚められたんだよね。
…ありがとう、伊之助。」
改まってお礼を言おうとすると気恥しいが、伊之助が猪頭を被っていてくれるお陰で少しは緊張が紛れた。
いつもは伊之助の気持ちを知りたくて私が猪頭を外すくせに、
こんな時には被ってて良かったと思う私は狡いなぁ。
こんな事を考える余裕すらある私は、ヘヘっ…と笑みを零してずっと触っている猪毛をわしゃわしゃと弄んだ。
照れ隠しなのかもしれない。
伊之助は、こちらを見て固まっている。
私の言葉を飲み込んでいるのか何なのか。
狡い私はいつものように猪頭を外して傍らに置いた。
真ん丸の翡翠のような瞳は私を映していた。
私が首を傾げるのと、伊之助がこちらに体を傾けるのは同時だった。
顔が近付いてくる。
あ、…あれが、来る。
今回初めて伊之助の額を合わせてくるあれを予測できた。
拒む訳もなく、むしろ、くっつく瞬間の温かさを有難く味わおうと私は目を閉じて頭を少しだけ前に出した。
しかし、擦り寄るはずの伊之助の額は私のを通り過ぎ、
代わりに私の背中と後頭部に手の感触を感じた。
ほんの少し遅れて、私の胸と伊之助の胸が触れた。
私の鼻から下は伊之助の肩に埋もれ、息を吸うと彼の匂いがする。
そこまでを感じ、抱き締められているという事を認識した。
伊之助の傾いた体の重みが私にかかってくるが、伊之助に抱き止められているお陰で私の体が後ろに行くことはなかった。
「へ…あ…伊之助?」
私は額と額以上の表面積が触れ合っていることにドキドキしてしまう。
そしてそのドキドキが触覚の鋭い伊之助には確実に伝わってしまっている事が分かるから尚更恥ずかしい。
伊之助はそんな感覚にはなっていないと思う。
それはそれで少し寂しい。
どうしたの?と聞いたら、なんとなくしたかったからした、という答えが返ってくるのかもしれない。
勝手な憶測をしていると、伊之助は腕の力を強めて、消え入るような声で呟いた。
「小波が、生きてて良かった。」
まるで伊之助は全身で私の存在を確かめているようだ。
私は彼にとても大事に包まれている感覚になった。
同時に、それを失う恐怖を一時でも感じさせてしまった事を申し訳なく思う。
私は伊之助の背中に手を回して、少しだけ摩るように触れた。
「…ん…心配かけちゃってごめんね?」
そう言うと、私の肩に額を擦り寄せてきた。
いつもこの瞬間の伊之助は、どんなに愛らしい小動物よりも可愛いと思ってしまう。
「俺がもっと強かったら、鬼を倒して小波も守れた。
俺は小波が大切だ。
だから怪我して欲しくない。
なのに俺のせいで怪我しちまった。」
"大切だから、無事でいて欲しい。"
伊之助は藤の家紋の家を発つ時の、お婆さんの言葉、そして私とのやり取りを覚えていたようだ。
そして、私を大切だと言う。
胸がふわふわする。
そっか、それを言いに部屋に来たんだね。
「ううん…私もね、伊之助が大切。
だから助けたかったの。
同じ気持ちでしょ?」
お互いを大切に思うこの関係は、なんという名前だろう。
ふとそう考えたが、何でもいいかと思った。
私がギュッと伊之助の背中の硬い感触を掌で感じると、伊之助も同じようにしてきた。
「心臓が、バクンバクンしてっけど、
なんかこれ、気持ちいいな。
小波の心臓も同じだ。」
私のドキドキはやはりバレていた。
でも伊之助も同じである事に心が舞い上がってしまう。
「あったかくて、幸せな感じだね。」
「幸せ…そうかこれが…」
その言葉を最後に、私達は暫くお互いの温かさを感じていた。